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石山寺へ行く(2)鐘楼五月雨撞き
紫式部源氏の間をどっぷり堪能した後、すっかり千年前の世界を旅している気分になって本堂を出る。
順路に沿ってさらに上へと進む。この道も千年前からずっとあるのだろうか、平安貴族も行き交ったのだろうか、紫式部も歩いたのだろうか、ぼんやりと緩い坂道を登る。
千年後に私の子孫もこの道を通るのだろうか。
しばし立ち止まって、来た道を振り返る。
時間軸をずらして邂逅する世界を思い描く。わたしは千年後の世界に魂を飛ばす。
おサボり中年の間抜けなツラに、これが先祖かと大層がっかりする子孫の顔が浮かび、慌ててピューっと魂を戻す。
山鳥が甲高く、せわしなく啼く。
強い陽射しが落とす濃い木陰の中、再び前を向いて歩く。
山全体が伽藍になっている。石山寺の緩い坂はだらだらとつづく。
少し登ると三十八所権現社が見える。
三十八所権現社(重文)を抜けてすぐに経堂がある。
経堂(重文)
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湿度管理に定評のある校倉造。
キャンプ場のバンガローみたい。ガンガン火焚いてキャンプしたいなぁ。桃山時代のバンガロー、なかなかイカすじゃん。
「はい、お肉焼けたよー」「眠くなったら中で寝るといいよ」あたまの中でエアキャンプをしながらじっくりと経堂の周りを観察する。
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校倉造の下を覗くと、〝安産の腰掛石〟がある。でかい体をくの字に折って、腰を屈めて奥へと進む。
朱色の梵字が書かれた白い腹帯?みたいなものが括り付けられている束が見える。その束をを抱くようにして、その石に腰掛けると安産になるという言い伝えが看板に書いてある。
腰掛けてみようかな…いやいや、なんかアカン予感がする。
白い腹帯が放つ、妙な気配が周囲の空気を赤く染めている。
厭な予感がするわ
すんどめ、すぐにそこをはなれるのよ
私のゴーストが囁くのよ
(攻殻機動隊、草薙素子風に)
脳のアラートが鳴り止まない。
新緑の輝きが、強い陽射しが、木漏れ日が、木陰が、すべてが暗転、不穏に揺れる。
いいしれぬ雰囲気に、その場をそっと離れる。
経堂を離れると、次に目についたのが二つの石造物。
紫式部供養塔(左)と松尾芭蕉句碑(右)
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紫式部の供養塔は、三重宝篋印塔といって、鎌倉期の作品。
重要美術品とあるが、ピンとこず、それでも一頻り眺める。なるほどむずかしい世界だなぁ、と知らない世界を覗いた気になる。
隣りにあるのは松尾芭蕉の句碑。
『源氏の間を見て〝曙は まだむらさきに ほととぎす〟』とある。
俳句のことはよくわからないけど、自分なりに解釈する。
独り合点し「芭蕉やるじゃん」と、ひとりごつ。
そこを過ぎると二つに分岐。
一つは鐘楼、一つは多宝塔。とりあえず鐘楼を先に見に行く。
鐘楼。
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源頼朝の寄進とされる鐘楼(重文)。中には平安時代の梵鐘(重文)が吊られている。
小学生の頃、友達と近所のお寺の鐘楼に登って、鐘を五月雨の如く撞き鳴らしたことがある。
鐘の音を聴いた住職が、松葉のような細い目をどんぐりあめのように見開いて、障子をぶち破るような勢いで本堂から飛び出してきた。当然しこたま怒られて、本堂の掃除をさせられた。
帰り際に改めて説諭されて、お菓子をいっぱい貰った。スーパーの袋パンパンに。ルマンドやらなんやら贅沢お菓子がわんさか。
家に帰ると連絡を受けた母が待っていた。〝怒られる〟と思っていたがやんわり「もう、しちゃダメよ」「てか、お菓子ちょっとちょうだい」そして冗談で「また鐘ついてお菓子もらってきてもいいよー」なんて言っていた。
ここの鐘を突いたら、どんな目に遭うのだろうか。
「まったく、いいおっさんが…真昼間から鐘撞きじゃくってからに…」
本堂のお掃除をたっぷりとさせられてから、「疲れただろう門前のうなぎでもたべなさい」「ほら、名物の石餅だ。お家に持って帰って食べなさい」
……絶対ないな。
本堂の掃除どころかパトカーがたっぷりお迎えにきそうで身が強張る。
たった今、鐘を撞き鳴らしたすんどめ容疑者が姿を見せました!パシャパシャッ!!
すんどめ容疑者をよく知る人は…
「子供の頃から私のお寺の鐘楼にも勝手に登り、ハツラツと撞いてましたから、いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていましたが、まさか石山寺とは…」
すんどめ容疑者の母は…
「あの子に冗談でまた撞いてお菓子もらって来てって言ったことがあるんです……まさか、ほんとにやるとは…すいません…涙が……」
しょうもない妄想をしながら鐘楼を後にする。行き交う人に挨拶しながら再び山道を上がる。
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そして、多宝塔の方へと向かう。
国宝 多宝塔。
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石段下部から見上げる、遠目に観たときには感じなかった迫力がある。
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石段を登りきる手前、地面よりちょい下からの眺め。
宝形造りの屋根がのびやかに広がり、軒下の垂木が整然と並んでいる。左右対称な美しさ、年月を帯びた風格、否応なしに感嘆の声が洩れる。
垂木と垂木の間がエアコンの送風口のように見える。一斉に涼しい風を吹き出すさまを想像してみるも、強い陽射しはやっぱり暑い。
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そして、石段を登りきって改めて眺める。
あれ…こんなに小さかったっけ…。
登りきった途端、急に魅力が落ちた気がしたのは私の感性が乏しいからなのか、それとも……。三島由紀夫の『金閣寺』の主人公の気持ちがよく理解る。バーニング多宝塔は鐘楼五月雨撞きとは段違いに洒落にならない。
しばらく眺めていると今度は「これ、飛ぶんじゃないか」なんて考える。
こちらイシヤマデラ、イシヤマデラ。
これよりエンジン点火シーケエンスに移行!10、9、8、7、6、SRBA点火、5、4、3、2、1、メインエンジン点火!!多宝塔…リフトオフ!!!!
重く地上から浮かびあがった多宝塔は、空を裂くような轟音を立てて徐々に加速してゆき、まばゆい光を放出しながらぐんぐん高度をあげてゆく。
コックピットに大日如来を乗せた『古式有人ロケット多宝塔』は、山を吹き飛ばすように推進して、一気に宇宙へと舞い上がる。本堂がぐんぐん小さくなってゆく。大日如来はコックピットで何度も何度も「和尚に騙された、和尚に騙された」と泣きながら小窓を覗き込んではどんどん遠のく地球に絶望していく。
つづく!!(いざ書き始めたら当初の見通しより長くなりました)