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石山寺へ行く(5)白銀のインテリ無双。





MURASAKIと別れた後、ようやく『石山寺と紫式部展〜紫式部をめぐる人々〜』の展示物がある空間へと進む。


中は撮影不可なので、展示物についてスマホにちょこちょこメモを走らせる。

以下、走りメモを頼りに書く。



ドンと、硯が展示してある。

紫式部が使用したと伝わる古硯。
照明を受けて鈍色にびいろがまぶしい。

長方形、底の四方に脚が付いていて紫瑪瑙むらさきめのうで出来ている。

少なくとも私が知っている硯とはちょっと違う。

硯の高い所、これを〝丘〟という。
その丘を左右二分するように、二つの円相が彫られている。ひとつは日輪、もうひとつは月輪。

その円相は円周に沿ってぐるりと溝が彫ってある。その溝の内側で墨を擦る。すなわち、丘の部分には二つの擦り場がある、ということになる。


円相の上、墨を溜める窪んだ所、これを〝海〟という。

二つの円相と並行して、上部に雲形をした二つの海がある。そして片方の海の中心部には『牛』、もう片方の海には『鯉』が彫られている。

この丘と海はそれぞれ、細いトンネルで繋がっている。

〝丘〟の二つ円相の端っこには、それぞれ、小さな穴が空いている。これが、そのまま〝海〟に続くトンネルとなっている。円相で擦られた墨は、このトンネルをトロトロと流れてきて〝海〟に溜まる。そういう仕組みになっている。

〝牛の箇所では薄い墨を、鯉の箇所では濃い墨を擦る〟とある。

牛はしで、鯉は濃いなのだろう。平安貴族の遊び心を垣間見る。


ただ、すり減っていて牛や鯉の紋様などは不鮮明。その隣に復元した硯が置いてあるので、そちらも一緒にみて補完する。

↓↓正確にはこちら↓↓



古硯の円相は長年擦られて、艶めかしくなだらかに凹んでいる。まるく鈍色にツヤめく窪みは妙に官能的で、指先でなぞりたくなる。

すんどめ…撫でて……。

古硯から幻聴が聴こえる。古硯はそんな変態からガッチリ守るために屈強なガラスケースの中にある。

紫式部が使っていた硯が今、私の前にあるという現実味のない現実に惑う。頭では「すごいこと」と認識していても感動が鈍い。なんだろう嘘くさい興奮。こういう事ってたまにある。

そしてほどなく、自分にそういうめぐり合わせがきたということに、何となく気持ちが追いついた気になる。

それでも、この硯で源氏物語を起草する紫式部を想う。古硯は私の心をたしかに平安時代に連れていったのだ。


一つ一つの展示物をじっくりとながめる。

一枚の掛け軸にうおっ!ってなる。


円山応立『雪月花図』のうちの『雪』。


そこには、御簾を上げるしたり顔の清少納言。




うほっ!これは香炉峰の雪のやつ!!
中宮定子がしたり顔で「少納言よ、香炉峰の雪は…」食い気味にウヒって清少納言が御簾を上げさせる、定子&清がインテリ無双かましてるやつじゃん!!

少納言よ、君たちのそういうとこ、オレは好きだぜ!
少納言よ、推しの定子もご満悦で外を眺めているぞ。

定子も少納言も楽しそう。オレも楽しい!!

しかし、定子のセンスの良さよ。適切な作問をするのは、解くセンスより一段上な気がする。私的にはこの場面、少納言より定子に慄く。

恐るべし定子。


紫式部日記も展示してある。
清少納言をこう評している。

「したり顔にいみじう侍りける人」

でも、私はそんな清少納言がけっこう好き。







ど平日の真っ昼間、ひっそりとした館内。老夫婦の会話も、真っ直ぐ耳に届く。

「ほう、香炉峰の雪や…」「あら、ほんまやねぇ」


前出の神さま老夫婦である。仲睦まじく観覧している。いいご夫婦だなぁ、そう思いながらも展示物のメモを取るのに指はスマホをタタタと忙しなく叩く。

「これ、定子が女官どもがサボってるのを嗜めてるんや」

えっ、お爺さん…なんか今、面白そうなことを…スマホを叩く指が止まる。耳をダンボにするしかない!!

「このサロンの女官らも少納言と同等の知識を持ってるんや」

「女官らは一条天皇やらにいろんな趣ある遊びを提示しなあかんのに、せっかく高く積もった雪があるのに、なに火鉢に当たっとんねんっ!て言ってるんや」

他にも博識なお爺さんの口からは朗々と知識が紡がれていく。

お爺さんの解説を盗み聴きして、再び指が動き出す。神さまの声を高速でスマホに叩く。

ワハハ見よ見よ、この指さばき!アータタタタ、アタタタタ…タタン、タン!!情報逃すまじと通常の三倍の速さで叩き込む。

……神さま、その知見いただきやす。


読み返したら誤字脱字だらけ!!なんだ「一能天皇一条天皇」「重抜き飲むフルあそぶ」「正常な合意清少納言」って!!ほぼ全滅。


つづく。






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