ユウと魔法のメッセージ第2章

第2章
家族との出会い〜いざ旅へ


「いきなり連れてきて悪かった。驚いたろう。シグレ、お茶を入れてあげておくれ。」
イーブルに言われるとすぐシグレは部屋の隅のキッチンで人数分のお茶を入れ始めた。
「いきなりだが、なぜユウをこちらに連れてきたか、話そうと思う。」そう言いながらイーブルは自分の前にイスを二脚すーっと浮かせて移動させた。僕とサダメはその椅子に腰かける。
「服はもう乾かしてある。」え?気づいたら着ていた服が乾いている。いつの間に。
「おつかいを頼みたい。」イーブルは窓の外を見ながら言う。
「ある花を取ってきて欲しい。黄色の小さな、テラという花だ。」
花?
「それはここから南西に離れたとある場所にのみ咲く花。最近はめっきり数が減ってしまい、野生で咲いている株もわずかになってしまっている。とても生命力が強く、輝きを放つ花だからこそ、みんなこぞって欲しがる。」
「街を照らす光としても使われてるんだよ。燃やせば数日は燃え続ける。とても明るく輝きながらね。」
「そう。この街ではその花が使われている。街の保管分もあるが、それを私たちが使うことは出来ない。許可を貰い、自生している場所まで自らで取りに行くしかないのだよ。」
「それを私たちにお願いしたいってことでしょ?」
お茶を持ったシグレがやってくる。
「なんでわざわざ持ってくるんだよ。」
「私も話に入りたいからよ!あとこういうのはね、手渡しすることに意味があるんだから。」
「そう。2人にお願いしたい。本当はサダメも同行出来ればいいんだが、この門の様子じゃ明日は街の警備にかかりきりだろう。どれだけ持つか分からん。」
「久しく使われてなかったとはいえ、まさかあそこまで老朽化しているとは思わなかったね。2人に任せるのは不安だけどしょうがない。シグレはもう大人になる年頃だし、南下する分には山賊の危険もそこまでないだろうし。」
「私はまだお兄ちゃんみたいに魔法が使えないけどね!」
「こういうことは試練を乗り越えてやっと身につくものだよ。」サダメは微笑む。
「早速だが明日出発してもらう。せっかく来たのに街を案内する暇も無さそうだ。すまない。」
来たばっかりなのに、明日旅に出ろというのか。無茶苦茶な人だ。やっと会えた父と、もっと話がしたいのに。
「その代わり今日はたっぷり美味しい料理を作ったげるから!」
シグレは厨房に戻った。
わけのわからないことが続いて、なんだかどっと疲れた。外は未だに豪雨で、真っ暗だ。その中でポツポツと街の灯りが灯り始めている。不思議な色だ。淡い黄色のまあるい光。あれが、さっきサダメが言っていたテラという花を燃やして出る光なのか。
「いい色だろう。」イーブルは街を眺めながら言う。
「この街はエグラムという名前で、私のふるさとだ。昔はこのあたりでもテラの花がよく取れた。だから私たちの祖先があの花を街の灯りに使うことを考え、それがいつの間にかこの街の代名詞になった。他のどんなに大きな都市でも見る事の出来ない光だ。この景色を母さんにどうしても見せたくてね。彼女を連れてくる術を沢山考えたんだが魔力を持たない人間はどうしても門を通れない。ユウがさっき通ってきた石碑のことだ。こっちと向こうを繋げる唯一のもの。」
僕はこの人の息子だから、魔法が使えた。だからこっちに来れたのか。母は今何をしているのだろう。無事でいるかな。
「心配することはない。母さんは無事だし、ユウもすぐにあっちに戻れる。」僕の考えを読み取ったかのように父はそう言った。
「いや〜!大荒れですな!こりゃ数日かかるぞい!」
初めて聞く声がして、後ろを振り返ると中央の螺旋階段を降りてくるリスがいる。リス?リスが喋っている!
「ようこそようこそ〜イーブルの息子!ハーフの魔法使い!初めてお目にかかりますな!」
「彼はポカリ。私の古い友人で今はリスの姿にされている。明日は彼も同行する。」
「お前のせいでこんな姿になってんのさ!おかげでオイラは無能なリスよ!まあでも旅の賑やかしくらいにはなるだろうぜ!よろしく!さて、荷物と船は手配済みだ、早くの出発になるから今日はゆっくり休めよ!いきなり来てゆっくりなんて出来ないか!こりゃすまんすまん!」
賑やかなリスだ。一緒に来てくれるのは心強い。
「どうかな?門は」
「うーん、上から見てたけどありゃもうもたないぜ。明日にでも消えちゃうかもだな!ほんと、笑い事じゃないけどさ。あれが使えるうちにユウを返さないとだろ?」
「もちろん。」
「じゃ出発を急がないと。あてがあるといえテラの花が今も咲いている保証は無いしさ!一日で戻ってこないとマジでやばいよ。そっから描くんだろおまえ。」
「最後の仕上げだ。すぐに終わる。」
「頼むぜ!ほんと。」
リスはそう言って螺旋階段を下へ降りていった。
「はい!出来ました〜」
シグレが料理を持ってきてくれた。
山菜と川魚の料理だった。この街の名産物らしい。
暖かく、安心する味で僕は食べ終わるとすぐに眠たくなり、用意してくれた下の寝室で眠りについた。初めて来た場所なのに、どこか家のような安心感がある。何故だろう。それも魔法なのかな。朝まで全く起きることなく、ぐっすりと眠った。
この全てが僕の夢の中で起きた出来事なのではないかと、ずっと信じられなかった。

夜が明け、朝だと言うのにまだ外は暗い。昨日の雨は止んでおらず、その勢いも変わらない。
階段を上るとみんながせっせと旅の準備をしている。
その隅でイーブルはずっと外を眺めていた。
「お!ユウも起きたね。朝ごはんあるから食べよ!」
ふっくら焼けたトースト、川魚のムニエル、果実がたくさん入ったサラダ。朝ごはんにしてはだいぶ豪華な顔ぶれ。
「シグレ、このネックレスをつけておいて。」
「これはなに?」
「何かあったらこれを握って強く念じるんだ。」
「お兄ちゃんに繋がってるの?」
「そういうこと。兄妹を繋げる魔法。」
「そんなのあるんだ。」
「まあ何か起こるなんてことはないはず!あの辺は川も穏やかだし人っ子一人いやしない!集落も全然ないからな〜!」ポカリはリス用の食事を食べている。
「僕もそう思うけど、一応ね。じゃ門の警備に行ってくる。今日は大忙しだ。昨日僕が通ったからこうなったなんて口が裂けても言えないけどね。」
「ハハ、全くその通りだな!」
サダメは街の警備をしているらしい。
「じゃ私たちもそろそろ出発だね。イーブルさん、行ってくるね!」
「頼んだ。」

荷物をまとめ、家を出る。激しい雨に打たれながら、道を急いだ。家を出てすこし行ったところに、川が見えた。ここから下りるみたいだ。
シグレが荷物を入れた袋の紐を引っ張ると、中から小型の木製ボートがでてきた。どうやって入っていたんだ。あの袋の中には空間が広がっているのか。

「こんなボートで大丈夫なの?」
「すぐ手配できるのがこれしか無かったんだよ!壊れないように俺が魔法をかけてるからこう見えてもかなり丈夫なんだぜ!」
「信じていいのかなほんとに。」
「乗りゃ分かる!ほれ!ぐだぐだ言うな、さっさと乗らんかい!」2人と1匹が乗ってもピクリともしない。1匹はほとんど誤差かもしれないが。
「ほんとね。見た目よりは強そう。」
「な!言ったろ。リスは嘘をつかないんだ。」
「人だった頃は嘘ばっかりついてたのにね。」
「更生したんだよ!リスになって。方向はこっちであってるんだよな?」
「うん、あってるはずよ。じゃユウはこっちのオールを持って!」
わあ、漕ぐのか。やったことないけど大丈夫だろうか。ボートは丈夫とはいえ、波でかなり揺れる。いかんせんこんな天気なので、川も穏やかでは無い。
少し漕いでいるだけで、ものすごい力を使う。
「雨、少しづつ弱まってきてる気がする。少しづつだけどね。」
「そうか〜?まあでも確かに言われてみればって感じだな。」
「リスはいいわね。漕がなくていいから。」
「何を言うかね!川辺に異常がないかずっと目を見張らせておくのも大変なんだぞい!」
「そう。」
「ほれ、ユウくん。少し手が止まっているんじゃないのかな?」
うぅ。その通り。荒れた川をまっすぐ進むのなんて至難の業だ。腕が痺れてきた。こういうのこそ魔法ですればいいのに。
「全然船が居ないわね。前はもっと居たけど。」
「この川を貿易で使う街がどんどん減ってきてるからな。人がいなくなってるからしょうがないよなあ。」
「みんな大国に移っちゃったの?」
「それがほとんどだろうな〜。こんな山間の地方に交通の便は無いし、山賊は出るしさ!」
「山賊がいなくなれば少しは人が戻ってきそうだけどね。」
「ここらに山賊を一掃できるような有力な魔法使いがおらんのよ。イーブルにはその役を担える実力があったんだが、本人がああだからなあ。次の希望はサダメってところだな!」
「お兄ちゃんは正義感が強いからやってくれそうだよね!魔法も沢山使えるし。」
「他人事だな〜。兄妹なんだからシグレにも力はあるってことだろ?」
「お兄ちゃんが私くらいの年齢の頃にはもう猫に化けてたって言うし、あたしは出来損ないなのよ。」
「そんな事言うなよ!サダメはシグレを守ろうって強い意志があったから早かったんだろうな!きっと。ずっと2人きりだったんだし。」
「お兄ちゃんがいないと何も出来なかったからね。とっくに死んでたかもしれない。お兄ちゃんとイーブルさんがいなかったら。」
「イーブルがあそこまで親身になるとは俺も思わなかったな〜。そこまで2人に魅力があったってことなんじゃないか?」
「どうなんだろうね。この魔法を使えるのは珍しいって聞くけど。」
その後もせっせと漕いで船はどんどん南へ進む。そうこうしているうちにいつの間にか昼になっていた。
雨はまだ降り続いているが、たしかにその量は昨日と比べて減ってきた。少しづつだが回復に向かっている。
それに伴って大荒れだった波は穏やかさを取り戻し始め、安定してきた。
「ちょっと休憩しよう!」
シグレが用意していたお昼ご飯を食べながら、この先の航路について話す。
「だいぶ来たけどまだ半分くらいか。もうしばらくは川沿いを進んで、分岐になるみたい。支流の方に迎えって書いてあるわ。」
イーブルから航路について記された紙を持っている。これだけは濡れないよう必死に守っていたらしい。
「順調に行けば夜前に家に戻れそうだな!」
「そうね。よかった。」
その時ふらふらと川の上流から貿易船が流れてくる。
おかしなことに、船には人の気配がなく、船体は激しく損傷している。
「ねえ、あれって。」
「ああ、山賊の仕業だ。金目な貿易船を狙って襲い掛かるんだ、やつら。こんなに間近で襲われた船を見るのは初めてだが。」
「山賊ってどのくらいいるの?」
「やつらは神出鬼没だからな。誰もその実態をつかめずにいる。北にはエグラムを含め別荘地がいくつもあるだろ?そこを狙った山賊がもっと北にゴロゴロいるらしい。」
「お兄ちゃんも言ってたわ。山賊はこのあたりで唯一の脅威だって。大国の争いに巻き込まれず、自由気ままに暮らせるところがエグラムのいいところだったのに。」
「みんなそれを望んでるさ!いずれなんとかしないとな。さあ、先を急ごう!」
再びオールを持ち、せっせと船を漕ぐ。休んだとはいえ腕はパンパン。
川べりには見たことの無い植物が時折目に入る。元いた世界と一緒のようで、どこか違う。違和感を感じるのは、虹色の花が咲いていたり、草花がものすごいスピードでにょきにょき生えている様子が見えたり、不思議な光景をたまに目にするからだ。もっとこの世界のことを知りたい。あの不思議な色の花の匂いを嗅いでみたい。そんな気持ちとは裏腹に、船はどんどん航路を進む。
「この辺りは晴れていたらものすごく綺麗なのよ!」
川がたくさんの花々に囲まれた場所に入った。天気は悪いが、その花の存在は確かに感じる。
「ほら、蝶々もたくさん。」
雨が降っているのに蝶が沢山飛んでいる。見たことの無い光景だ。気づけば僕らの頭上にも沢山飛んでいる。陽が当たると綺麗だという。
「あら。あなた気に入ったのねここが。」
1羽船尾にとまって羽を休め始めた。
「こいつら、夜になると光るんだよ!これはテラの花の生命力を吸い取ってるからって言われてる。つまり、こいつらが沢山飛んでるってことは俺たちの目的地はもうすぐそこまで来てるってことだ!」
「そういうことになるわね!やった、ようやくよ。」
そうこう言っていると、例の分岐に着いた。
ここを支流側に進んでからはそう遠くないはずだ。
「あー疲れた!」
「気を抜くな!シグレ!まだ着いてないぞい!」
「少しぐらい休ませなさいよポカリス!」
「だ、誰がポカリスだ!!」
本流より水量が少ない分、流れも弱い。少し力を弱めても船はしっかり進みそうだ。
「よし、計画通り!順調だ。昔はこの辺りにも沢山咲いてたんだけどな〜、もう全部摘み取られてしまったみたいだ。」
「この辺だと見つけやすいもんね。」
「我々が目指すのはもっと奥!地図によればもうすぐだ確か!」
どんどん川幅が狭くなっていく。ギリギリ船が通れるくらいだ。このあたりは大型船など到底通れない。だからこそ見つかりにくいのだろうか。
「このあたりだな。もう船は進めん!ここで降りていこう!」
川の奥まった場所に船をつけ、紐で固定した。
「ここを登るってことかしら?」
「恐らくそうだな…。イーブルはどうしてこんな場所を知ってるんだ全く。」
かなりの傾斜を登っていく。手を使わないと登れない箇所も多々ある。湿った石に足を取られ、滑りそうになることもしばしば。リスはスタスタ登って行くが、人間2人はなかなかそうもいかない。大変な場所だ。自分をふわーっと浮かせられたらいいのだが、そんな器用な魔法は使えない。イーブルやサダメは使えるのかもしれないが。シグレにもどうやらそんなことは出来ないらしく、文句をこぼしながら必死に斜面をよじ登っている。
「おい!2人とも!早く上がってこい!!」
ポカリが上で騒いでいる。僕たちはそれに答えようともせず、ただ目の前をひたすらに登る。
手足がボロボロになってきた頃、ようやく頂上に着いた。そこは今までのジメジメした斜面を忘れさせるような、明るく開けた場所だった。そしてそこには、僕たちが求めていたテラの花が一面に咲いている。
それはなんとも幻想的で、この世のものとは思えない景色だった。蛍のように光っていて、柔らかくぼんやりとクリーム色の光があたりを包んでいる。雨が降っていて靄がかっており、その光の輪郭がぼやけていてさらに不思議な光景になっている。
入江の狭さから考えられないほど、ここは開けている。崖のように迫り出しており、下に別の大きな川が見える。僕たちが来たところには繋がっていない川のようだ。思っていたより登ってきたらしく、崖はかなり高い。下の川から見上げると崖がせり出しているので、到底登ることは出来ないだろう。ルートは正しかったみたいだ。あれだけ険しくても。
「まだこんなに咲いているところがあったのね。」
「あまりにも険しいからな!誰も手がつけられんのだろうよ。」
僕たちはずっとその光景を眺めていた。綺麗だ、あまりにも。だがしかし時間が無いことを思い出し、早速摘み取り作業に入った。
「街に申請してる分しか取っちゃいけないことになってるから、そんなに沢山とっちゃいけないわよ。貴重な花だからね。」
花を摘むと輝きが弱まる。根を張って生命力を保っていることがよくわかる。なんだか申し訳ない気持ちになる。花びらをつまむと光るクリーム色が指にまとわりつく。それが楽しくてついつい触ってしまう。
「ユウ!手が真っ黄色じゃないあなた!」
「必要な分はもう取れたか?」
「3人で取った分を合わせたら足りてるはずよ!このあたりで撤収しよっか!」
ええ、ずっとここにいたい。雨に打たれ続けてもいいから。こんな光景は二度と出会えない気がする。
「また来ればいいよ。行こう、ユウ。」
シグレが優しくそう言ってくれはしたが、その「また」がそう近い未来でないことはわかる。
「急いで戻らないとね。」
みんなで立ち上がって花畑を去ろうとした瞬間!
後ろで大きな水しぶきと轟音が上がった。

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