ユウと魔法のメッセージ 最終章

最終章
魔法のメッセージ

家に着くと、イーブルが出迎えてくれた。
シグレも、人の姿に戻った途端に倒れ込んでしまった。みんなを下の階の寝床まで運び、イーブルが手をかざすとみんなの傷がすぐに癒えた。そのまま3人は深い眠りについた。
僕はイーブルにテラの花が入った巾着を渡す。
「ありがとう。これだけあれば充分だ。危険な目に遭わせてしまってすまなかった。感謝する。明日には帰れるから、母さんに旅の話をしてやってくれ。」
イーブルは巾着を持ってそのまま窓際のいつもの机のところに向かった。僕も疲れ果てていたので、下の階に戻りそのまま眠りについた。


翌日の朝、起きてすぐに支度をする。
「ユウ、もう出れる?」
上からシグレの声が聞こえた。階段を上がると、みんな揃っている。イーブルはいつもの所で昨日から変わらない姿のまま何かを書いている。
「先に行っていてくれ。後で合流する。」
「本当にイーブルさんも来るの?家は大丈夫?」
「大丈夫。今だけだ、何とかする。」
「じゃあ、行こうか。」
イーブルを除いたみんなで家を出る。来た時と同様、ドアをくぐる時は家があるのだが、家を出て少し離れるとたちまち消える。この魔法で家と家族を守っているのか。
今日は昨日までとうって変わってよく晴れた日になった。ようやくこの街の姿がよく見えた。石畳の道路と、石造りの建物。中世の街並みのような、どことなくそういう雰囲気を感じる。街へ降りていくと、人々が群がっている場所がある。こんもりと盛り上がった丘、あれだ。僕が来た場所だ。
「みんな〜、ちょっと失礼するぞー!」
「すまないね、通してくれないか。」
街の人々が驚く。
「サダメだ!何をしてたんだ!」
「こんな時に街から消えてどこに行ってやがった!」
僕たちは丘を少し登ったところで、群衆の方を振り返る。
「まずみんなにひとつ、隠していたことがある。実は数日前、僕がこの子を向こうから連れてきた。」
サダメが僕の肩に手を置く。
「門がこうなってしまったのは僕のせいだ。すまない。みんな向こうの人が紛れ込んで来たと思い、不安だったかもしれないが安心して欲しい。」
「誰だその人間は!子供じゃないか!」
「この子は…。まさしくイーブルの息子だ。」
群衆から驚きの声が上がる。
「イーブルの息子!?ちょっとまて!イーブルはまだこの街にいるのか?」
「ああ、いる。」
「やつは今何をしてるんだ!」
「どうして出てこないんだ!」
かつての偉大な魔法使いであるイーブルを、みんな頼りにしていたのだろう。こんな小さな街の中で、わずかな希望だったのかもしれない。彼が姿を消してしまった街の人々の悲しみは測り知れたものではない。
「イーブルさんは、僕たち家族を守るため、その身を捧げて僕たちを匿ってくれた。そのせいで街に出てこれなくなってしまったんだ。」
「でも家の中からずっとみんなのことを見守っているわ!この街のことをずっと考えてくれてる。」
シグレも口を開いた。
「でもそんなこと言ったって、この街を守ってくれるわけじゃないじゃないか!」
「その通りだ!イーブルがいなくて誰がこの街を治められるんだよ!」
街の人が口々に言葉を放つ。みんな、平和な暮らしを切望している。この街を愛しているからこそみんな未だにここで暮らしている。だからこそ、力を持った人が現れ、街を率いてくれることを求めているのだろう。

「それは、私から言わせてもらうとする。」

イーブルが僕たちの目の前に現れた。
「イーブルさん!」
「なに、イーブルだと!?」
久しぶりに姿を現したイーブルに群衆がどよめく。
「イーブルだ、イーブルだぞ!」
「何年ぶりだ?10年か??」
イーブルはみんなが静まるのを待たず、続けた。
「これから!このエグラムを率いていくのは、ここにいる兄妹だ。」
「えっ!」
2人が驚いた顔をする。
「まだ2人とも若いが、この子達はいずれこの街を引っ張っていく存在となる。私の言うことに間違いは無い。」
群衆は静かにイーブルの言葉を聞く。
「2人はまだまだ未熟であるからこそ、皆が彼らを支えよ!共に支え合ってこの街を守っていくのだ!それが我々の使命ではないか?どうかね民よ。」
イーブルの強い言葉にみんな固まる。自分たちがこの街を守るという意志が芽生えたことを、たしかに表情から感じ取ることができた。
「イーブルの言う通りだ!俺たちは人頼みしすぎていたんだな。」
「そうだな。俺たちの街だもんな!」
群衆から沸きあがる声。街がひとつになっていく。
「この街は私たちのものだ。私たちがその命運を握っている。みなでエグラムを後世に残していこうではないか!」
どわっと群衆が湧いた。みんな手を高らかに掲げ、雄叫びを上げている。
「すごい、さすがだよイーブルさん。」
「これはこの先お前たちの役目だ。頼んだぞ。」
イーブルは2人の頭を優しく撫でる。
そして僕の方を向いた。
「遅くなってすまない。ユウ、お前にこれを託す。母さんに渡してくれ。」
そういって袋をさしだした。シグレがボートを入れていた時に使っていたものだ。
「強引に連れてきてしまったが、来てくれてありがとう。この世界は表裏一体だ。遠いようで実はすぐ近くにある。だから忘れないでおくれ。私たち家族はいつでもユウの傍にいる。」
僕の両肩に手を置き、かがんで僕の顔をじっと見つめた。
「私にとって一番大切なのは家族だ。母さんとユウ、そしてここにいるみんな。心はずっと近くにあることをいつも思っていておくれ。」
父は微笑んだ。
「じゃあお別れだ。また会えることを楽しみにしている。」
「元気でね、ユウ!」
「向こうで魔法使っちゃダメだからな!」
サダメは僕を丘の上まで連れていき、再びあの石碑と相対する。
「今回は僕は通らない。この門は通れてあと1人だ。だからユウを向こうに送り返す。ぐっと食いしばって。しっかりこらえてね。」
にこりと笑いながらサダメは石碑に手を置いた。
僕もそこに手をかざす。
「じゃあ、またいつか!」
その瞬間、再びぎゅっと搾り取られるように目の前が暗くなる、あの感覚。。。


目が覚めると僕は行帰山にいる。猫を追って道をはずれた茂みの中。あの光景だ。しかし石碑がない。跡形もなく消えてしまっていた。
行帰山の道は熟知している。元来た道まで戻り、下山を再開する。その麓にあるのが僕の家だ。段々と黒い雲におおわれていく。また雨が降りそうだ。急ごう。

家に帰りつくと、母がテーブルでぼーっとしていた。
「ユウ!?」
いきなり帰ってきた我が子を強く抱きしめ、離さない。久しぶりに母に抱きしめられた。ほっとする。
早速父から預かった袋を開ける。これの仕組みは知っているので少し広い場所で開けることにした。
中を探ると何か板のようなものがあり、掴んでぐいっと引っ張ると、それは大きなキャンパスだった。
そこにはあの家の窓から見えたエグラムの街。テラの光に包まれて、優しく光る夜のエグラムが描かれている。どれほどの月日をかけて描いたのだろう。とても緻密に、何度も絵の具を重ねて美しく描かれている。
僕が家に帰る時に空から見た、あの光景そのものだった。母は絵を見て、微笑みながら、静かに涙を流した。母の涙を初めて見た。
涙が止まらない母を、今度は僕の方から抱きしめた。



「そうなんだ、それは私も見てみたいなあ。」
「本当に美しいんだ。ぜひ君にも見てほしい。」
「でもどう頑張ったって私は行けないんでしょ?」
「うーん、そうだな。沢山方法を考えてみたんだけど、どれもだめだ。」
「ちぇっ。ならもうその話はしなくていいですー!」
「ふふ、そう言わないで。また何か考えるよ。いつかきっと必ず見せてあげる。」


ーーー親愛なる君へーーー
ユウをいきなり連れていってしまってすまなかったね。驚いたことだろう。許しておくれ。
これで、10年越しにあの時の約束を果たせたかな?
この光の色がどうしても出せなくてね、ユウに顔料の花を取りに行ってもらったんだ。その時のことは彼に聞くといいよ。きっと面白い話が聞ける。
君のおかげでこっちの家族も守ることが出来た。
ありがとう。
いつも君とユウの事を思っているよ。
どんな魔法よりも確かな愛を、私の家族へ。

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