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【短編小説】群青に溶かして

つめたい。
光の方へ手を伸ばしても、その手は誰にも掴まれることなくただ暗闇へと沈んでいく。
寒い。冷たい。苦しい。
本当は誰か手を取ってくれないか期待していた。そんなことあるはずがないのに。
もう誰にも届かない。あそこに戻ることはできない。
脳裏に浮かぶのは、帰るはずだった場所。あたたかい。

漆黒へと飲み込まれながら考えてしまう。
どうしてこんなことになったのだろう。
どこで選択を間違えた?
いや、間違っていない。そう信じたい。

この世界に私は必要ない。そう気づいてしまったとき、私は耐えられなかった。
暖かな場所もある。でも、それ以上にこの世界は息苦しい。
ただ存在するだけで、押しつぶされそうになる。自分だけが取り残されていくから。
私はずっとここにいるのに。ここから変われはしないのに。どれだけ叫んでも、人も物もこの世界は非情にも移り変わっていってしまうのだ。
もう誰にも置いて行かれたくない。捨てないで。取り残さないで。

“なら、自分がこの世界を捨てればいい。”

そう思ったときには、浜辺に立っていた。
昔来た場所。
果てしなく広がる青い世界が忘れられなかった。世界はこんなにも広いのかとその水平線に飲み込まれそうになった。この景色だけは変わらない。
あの時は楽しかったなぁとふと微笑んでしまう。
戻りたくなる。
彼らは進んでいかないといけないから。
ここで沈むのは私一人でいい。

何も残さずに置いてきてしまった。
悲しませてしまうだろうか。少しくらい悲しんでくれるかな。
彼らは優しいからきっと悲しんでくれるのだろう。
その優しさで1回くらい置いていくのを許してほしい。
ごめん。
どうか、忘れてくれ。幸せになってほしい。そんな身勝手な願いを抱いてしまう。
どうか、私の存在をこの群青で跡形もなく溶かしてくれ。

そんな虚しさも、後悔も、愛しさも、憧憬もすべて飲み込み、沈んでいくのだ。

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