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庭師のマサくん
もう10年以上前の話だ。
マサくんとは20代前半の頃、当時在籍していた店舗型風俗店で風俗嬢とその客として知り合った。
身長が高く顔が整ったマサくんは、健康的に日焼けをしていて雰囲気としてはLDHにいそうな感じのイケメンだった。
冴えないおじさんの相手ばかりしていたわたしは、突然やってきた年下のイケメンに頭がくらくらしたのを覚えている。
マサくんは「兄貴がこういう店好きで、付き合いで来た。」と言った。とにかく顔がカッコよくて、どんなプレイをしたのかまでは覚えていない。
ただ他の客と違ったのは、お互いの連絡先を交換したことだった。
「せっかくだから。教えてよ、LINE。」
マサくんは照れ隠しなのかぶっきらぼうに携帯を出してきた。本来ならば店の外で客と会うなど言語道断であり、連絡先の交換などもってのほかである。なぜ交換してしまったのかは簡単だ。
マサくんがイケメンだったからだ。
マサくんは実家が造園屋さんで、普段はそこで見習いとして働いていた。仕事に誇りを持っていて、一級造園技師になるのが目標なのだと熱く語っていた。
純粋で、情熱的な子だった。
マサくんはカラオケが趣味で、わたしもカラオケが好きだったのでわたしたちは一緒にカラオケに行く仲になった。時々マサくんから連絡が来て、昼の仕事の帰りにマサくんが車で迎えにきてくれてカラオケに行った。とても楽しかったのを覚えている。
そしていつしかわたしはマサくんに恋心を抱くようになっていた。
ある時、いつものようにカラオケで点数を競っていたわたしたちだったが、マサくんが突然「頭が痛い」と言いソファに横になり始めた。
心配になったわたしが隣に座るとマサくんはわたしの膝に頭を乗せてきた。一体何事なのかわからないわたしはされるがままにマサくんに膝枕をしていた。
今思い出せばとんでもなく下手くそな演技である。
「休めるところに行きたい。」
マサくんはそう言うと、カラオケを出て場所を移動しようと言った。わたしたちは外に出るとタクシーを捕まえたのだった。
マサくんは運転手にホテル街のあたりの住所を伝えた。タクシーの中でも、マサくんはわたしに膝枕をされていた。
純粋だったわたしは、なんの疑いもなくマサくんを本気で心配していた。気がつくとラブホ街で、マサくんはわたしを連れてボロボロのラブホに入ったのだった。
その時点でもわたしはまだマサくんの意図に全く気づいていなかったのだが、思い出せば思い出すほど当時のわたしの健気さに涙が出そうである。そしてマサくんのなんと可愛いことか。
部屋に入り、何をしたら良いのかわからないわたしは借りてきた猫のようになっていた。マサくんはいつの間にかすっかり元気になっており、普通に喋っている。
「シャワー入る?」
なぜかシャワーに誘われたわたしは一緒にシャワーを浴び、湯船に浸かったのだった。
シャワー後、マサくんは裸のままベッドに潜った。わたしは訳が分からず、とりあえずマサくんにならって裸でベッドに入ったのだった。
薄暗い部屋の中はとても静かで、心臓の音がよく聞こえていた。
現在のわたしを知っている人ならば信じられないかもしれないが、ここまできて当時のわたしはまだ、この後セックスすることになるとは思っていなかったのである。
純粋すぎるのも良い加減にしろ。
マサくんは何も喋らなかった。わたしはただひたすら天井を見つめていた。すると、マサくんが上に覆い被さってキスをしてきた。
ここでやっと、マサくんがセックスしたがっていたことに気づくのである。
その後は早かった。お互いがぎこちなさすぎるセックスをした後、2人でくっついて朝まで眠った。
翌朝は気持ちのいい晴れだったのをよく覚えている。ライブハウスの横を通り、停まっている機材車を見て「このバンドのライブ行きたかったなー」なんて会話をした。そして地下鉄の駅でバイバイをしたのだった。
それから少しして、わたしは風俗の仕事で性病に感染した。わたしはすぐにマサくんのことを考えた。
ーーうつしてしまっていたらどうしよう。
1ヶ月前に検査した時は陰性だったが、いつ感染したかは分からない。
友人は「ぽむちゃんが悪い訳じゃないんだし仕方ないよ」と言ってくれたが、好きな人に性病をうつしてしまったかもしれない恐怖は耐え難いものだった。
わたしは震えながらマサくんに連絡をした。マサくんは「わかった」と気にしていない様子だったが、わたしはマサくんへの後ろめたさから、どんどん距離を置いていった。
数ヶ月後、わたしには彼氏が出来ていた。
マサくんのことは、気がかりなままだ。あの後、怖くて性病がうつってしまっていないか聞くことが出来ずにいた。そんなモヤモヤを抱えながら過ごしていたのだった。
ある時、そんなマサくんから突然連絡が来た。
「カラオケ行こう」
仕事の終わり、前のようにマサくんが軽トラで迎えにきた。マサくんは何も変わらなかった。わたしが気が狂いそうになる程病んでいたことを、マサくんはなんとも思っていなかったのだ。
マサくんは、本当にいい奴だった。
いつものようにわたしたちはカラオケで採点合戦をした。マサくんは相変わらず歌が上手くて、優しくて、カッコよかった。
時間になり帰る間際、わたしは彼氏が出来たことをマサくんに打ち明けた。マサくんは「そうなんだ。」と言った。そして、子供っぽくこう尋ねてきた。
「ねえ、彼氏、俺より背高い? 俺より、デカい?」
やきもちだったのだろうか。彼氏になんとかして勝とうとするマサくんがとてもいじらしく見えた。
「デカいよ。ぬりかべみたいだもん。」
わたしは笑いながら答えると、マサくんは悔しそうに「くそっ、負けたー。」と笑いながら言った。
その日は、セックスをしなかった。そして二度と、マサくんから連絡が来ることはなかった。
マサくんなりの気遣いだったのだろう。彼氏と順調だったこともあり、そのうちわたしもマサくんの連絡先を消してしまった。
しかしマサくんとのキラキラした思い出は消えることなく、わたしの胸の奥底に大切にしまわれたのだった。
数年後、わたしは結婚して家を建てた。
当時の配偶者と外構や庭について相談していた時、ふとマサくんのことを思い出したのだった。
マサくんはフルネームを教えてくれていたので、検索サイトに適当なキーワードを入れるとすぐにホームページが出てきた。そのページには社員紹介として社員の顔写真などが載っていた。
わたしはマサくんを探した。ページをスクロールしていくと、見覚えのある顔が出てきたのだった。
『一級造園技師』
マサくんは、夢を叶えて一級造園技師になっていた。写真で見る彼はあの頃とほとんど変わっていない。
ーーいや、少しだけ大人っぽくなっていたかもしれない。それもそうだ、初めて会った時からもうずいぶん経っているのだ。
あの頃、カラオケで夢について熱く語っていた彼を思い出して、胸がじんわりとあたたかくなった。
マサくん。
もう二度と会うことはないだろうし、わたしのことなんかとっくに忘れてしまっているだろう。
でもわたしはきっとこれからも時々あなたのことを思い出しては、あなたの幸せを願うのだろう。