HALCA -星空のパラソル- #08
#08 「極限の光」
※本作品は2008年に執筆、2009年に追加修正したものです。
「もし比良橋先生の推論が正しいとしても……」
一人が、つぶやくように声を漏らす。
「こんな奴らを相手に、ただの人間がどう対抗できるっていうんでしょうか」
誰も返事しなかった。
確かに、化け物じみている。自由に人間の肉体を操作できる、目で見えない地球外の光速生命体なんて。普通に考えれば、対等に渡り合える相手だとは思えない。
絶望。まさしく、そんな空気だった。不安と恐怖が、布が水を吸うように、じわじわと拡がりつつあるような、そんな雰囲気だった。
これはまずい。そう思った俺はとっさに、頭に浮かべていた打開策案を口に出してみた。
「奴らを殺す手段はあります」
無言の中、俺がそう言うと、全員が注目した。比良橋先生が俺に向かって声をかける。
「それはもしかして、データ変換しての物理破壊の事かい? 普通の電波であればそれも可能だろうが、相手は自由自在に動く、生きた電波だ。都合よくアンテナから受信されてくれるとは思えないが」
「いえ、方法はもう一つありますよ、先生。電波を相殺させるんです」
俺が言うと、遥以外の皆が、あっ、と声をあげた。
とりあえず言ってしまったものは仕方ない。どこまで話を持っていけるのか、はたして光明となりうるのかも分からないが、出せる案は出しておいた方がいい。俺は半ば勢いで、全員に向かって説明を続けた。
「確か、ステルス軍用機などでも使われている方法の一つです。飛んできた電波に対して同じ波長の逆位相の電波をぶつけて相殺するんです。互いの電波が消滅する訳ですから、奴らにとっては死と同じ事になるかと」
通常、ステルス軍用機がレーダー探知を回避する方法は、飛んできたレーダー波を散乱させるか、吸収素材で吸収するか、の二パターンが用いられる事が多いらしい。相殺するという方法は、実際には技術的にかなり難しいと聞いた事がある。でも、理論上は電波の相殺は可能なのだ。もし、これで地球に向かって進行している奴らを全滅させる事ができれば――。
「そうか、そういう手があったか! 相手が生命体だという事に惑わされていたな。何の事はない、電波には電波の対抗手段があった訳だ」
職員の一人が興奮気味に言った。
「いや、そう単純な話でもありませんよ」
別の一人がすぐに口を挟む。
「相手が生きた電波であるとすれば、宇宙空間では一塊になって移動しているとしても、地球に到達した時点で分離するかもしれない。奴らの規模は数千だとテレビでは言っていました。数千の電波にそれぞれ電波を照射する事は不可能だ。しかも目で見えない、空中を光速で自在に動ける相手にはね」
「では、地球に到達する前で叩く、というのは有りですか?」
「そうなると、人工衛星を使うしかありません。しかし問題は、奴らが半年後のいつ地球に到達するか、という時間ですよ。ぴったり半年後なのか、大体の半年後なのか。十時頃というのも大体の十時頃なのか、ちょうど十時なのか。到達時間が判明しない限り人工衛星を使うにしても、迎え撃つ最善の位置に配置できない」
ううむ、と何人かが唸った。再び全員が黙り込み、壁に掛けている時計の針の音だけが、静かな部屋の中で響いていた。
俺は遥の睡眠周期が気になり、時計に目をやった。次の睡眠時間まで、あと一時間。一時間後には遥は強制的な睡眠に陥り、次に遥から話が聞けるのはその三時間後の夜に持ち越される。その三時間後にもまた眠りについてしまうが、それは普通の夜の睡眠だ。
……いや、待て。俺は今まで、夜だから遥も人並みの睡眠の時間帯には眠っていると考えていた。しかし、もし深夜帯にも覚醒の時間があるとすれば。夜の普通の睡眠時間帯も三時間区切りで間に覚醒時間があるとすれば。遥は一日に四回、覚醒と睡眠の交代がある事になる。覚醒と睡眠で六時間。六時間が四回。一日に六時間周期……。どこかで聞き覚えがある間隔だ。
電波……空っぽのヘッドフォン……三時間区切り……日に六時間周期……人工衛星……。
俺の頭の中で様々な情報がジグソーパズルのピースのように繋がり、一つの仮説を組み立てていく。まさか……。しかし、もしそうだとすれば、光明はあるかもしれない。
「すみません、いろいろな星の立体的な位置を時間ごとに算出して表示できるようなソフトとかって、ありませんか」
俺は誰にともなしに尋ねた。その言葉に、職員の一人が答える。
「別室に行けばあるけど。でも、どうするつもりだい」
「まだ希望的観測に過ぎませんが、ひょっとしたら、奴らが到達する時間を割り出せるかもしれません」
その言葉を聞いた皆の顔に、期待の色が表れた。
俺たちは研究員が使っているパソコンのある別室へと移動した。ミーティング室へと移動させるには少々大変な大きさのパソコンである為に、人の方が移動するしかなかったのだ。しかしモニター表示は全員で見えるように、大型のディスプレイに繋いで表示させた。
皆が楕円のリング状になったテーブルの席に着く中、俺は大型ディスプレイの脇に立って、説明を始める。
「まず、奴らの星の太陽でもあるティエダ。奴らの故郷オルフォスはこのティエダの周りを公転する衛星の筈です。確かティエダは衛星も一つ発見されていますよね。遥、オルフォスはこの衛星かな?」
職員の手で画面に表示されたティエダの唯一の衛星を指差して、俺は遥に尋ねた。遥は首を横に振る。
「違うと思う。私たちの星はこの地球と環境が似ているの。だから、もっと青いと思う」
パソコンを操作していた職員は頷く。
「だろうね。しかし、この恒星の周囲にある衛星はこれしか――」
そこまで言って、口を止めた。それが表す事実は、遥の両親たちがいる筈の故郷は、すでに存在しないという事だったからだ。
遥は画面を見つめて、少しの間黙っていた。が、目を閉じて大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて、そして引き締めた顔で言った。
「明日人、続けて」
俺は頷いた。
「奴らの話からして、電波生命体の故郷であるオルフォスは、おそらく恒星ティエダに飲み込まれたとみて、ほぼ間違いないと思います。多分その他の惑星もそうでしょう。すると、一つだけ残っているこの衛星は、なぜ飲み込まれていないのか?」
「……ロシュ限界か」
比良橋先生の声に俺は頷いた。ロシュ限界とは、主星の潮汐力(ちょうせきりょく)(重力を受ける場所による重力差によって物体が体積を維持しながら変形する力)によって伴星が破壊される領域の境界線だ。つまり、唯一の衛星はティエダのロシュ限界の外側にあるという事になる。
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※本作品に登場する地名、団体名、曲名、科学衛星名などは実在のものを使用しています。
また、実在のものは全て2008年当時の状況を描いています。
※本作品は宇宙、宇宙科学について一から調べて書いたものですが、最終的に宇宙周りに詳しい方の監修等は受けていない為、ご指摘等あれば後学のためにも戴けると助かります。
また、仮に数学的、物理的な点での間違い等があれば、同様に後学のためにご指摘ください。