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街とその不確かな壁

 秋、獣たちの体は、来たるべき寒い季節に備えて輝かしい金色の毛に覆われる。額に生えた単角は鋭く白い。彼らは冷ややかな川の水で蹄を洗い、首をそっと伸ばして赤い木の実をむさぼり、金雀枝(えにしだ)の葉を嚙む。

「いいですか、この街は完全じゃありません。壁だってやはり完全じゃない。完全なものなどこの世界には存在しません。どんなものにも弱点は必ずあるし、この街の弱点のひとつはあの獣たちです。彼らを朝と夕に出入りさせることで、街は均衡を保っています。おれたちは今そのバランスを崩したわけです」

「見るのも駄目です。こんなものただの幻影に過ぎません。街がおれたちに幻影を見せているんです。だから目をつぶって、そのまま突っ切るんです。相手の言うことを信じなければ、恐れなければ、壁なんて存在しません」

 好きなだけ遠くまで走るといい。壁は私にそう言った。私はいつもそこにいる。

 その川の流れが入り組んだ迷路となって、暗黒の地中深くを巡るのと同じように、私たちの現実もまた、私たちの内部でいくつもの道に枝分かれしながら進行しているように思える。いくつかの異なった現実が混じり合い、異なった選択肢が絡み合い、そこから総合体としての現実がー私たちが現実と見なしているものがーできあがる。

 何が現実であり、何が現実ではないのか?いや、そもそも現実と非現実を隔てる壁のようなものは、この世界に実際に存在しているのだろうか?
 壁は存在しているかもしれない、と私は思う。いや、間違いなく存在しているはずだ。でもそれはどこまでも不確かな壁なのだ。場合に応じて相手に応じて堅さを変え、形状を変えていく。まるで生き物のように。

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