木曜日連載 書き下ろしチョイ怖第二話『Re:Co゠miu』 最終回
初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
【最終回】
不意に、あの口さがないオーナーの鼻っ面が、半分意識が飛んでいたみゅうに迫った。
「違和感!いいかい、東京なんてアンタが思ってるほど夢いっぱいじゃないんだよ。良いやつもいれば同じだけ悪いやつもいる。悪いって一口で言っても種類はたくさんだ、聞いてんの!違和感だよ、少しでも変だと思ったら引くんだよ、それがここで長生きするコツだ――」
「ぅぅぅううう……るっさい、ババア!」
精一杯の虚勢でもって、オーナーの幻影を振り払う。
みゅうは斜めがけしたショルダーバッグからスマホを取り出し、息を荒げながらもなめらかな指使いでなにやらテキストを打ち込んだ。
スマホと財布、部屋の鍵程度しか入ってないのに、歩くたびに膝上を叩くような衝撃がある小さなバッグは、RICOがSNSで見せびらかすようにしていたブランドの製品をフリマアプリで買ったものだ。定価の二倍もする値段に文句を言いつつ、誰よりも早くRICOに追いつき追い越したくて買ったが。
「使い心地、最悪。中学のときの通学用リュックのがマシじゃわ」
みゅうは送信ボタンを押した。
『私、とうとうRICOさんの山の古民家に付きました……シェアハウスの、モニターに、選ばれるとか……ヤバいでしょおおおお!……』
「フライングでもいいや、どっちみちもうすぐ着くし」
小石に躓きながらも、気力だけをあてにして歩いた。
ショルダーバッグのなかでスマホがしきりとなにやら通知していたが、そんなものを確認している余裕などない。
寂しく険しい、山の中の一本道。
迷うはずないのだが、一向に【目印】が見えてこない。
迷っているとしたら、この山に昇る前からでしか、ありえない。
山を間違えたか?
降りる駅を間違えたか。
日にちを間違えたか……。
そもそも、なんでこんなところで、こんなボロボロの為体を晒しているのか。
「この辺なんだけどなあ。ここまで来て恥を晒すわけにいかないんだけど」
もはや悪態も底を突き、荒らげた息に焦燥感を載せて歩いていた。
意地も尽きかけ、涙がこみ上げそうになったその時。
急に藪が開け、漬物石大の岩状のものが規則的に据えられている広場に出た。
円形状に並べられたそれらは、ブログで見た時よりも薄気味悪い。
呼び起こされる不安の正体は、並べ方の規則性だけに寄るものではない。並んでいる岩状の物体そのものが、単純な自然岩とは思えなかった。
焼け焦げた跡が有るもの。
明らかに人の手によって磨かれたであろう、飴色に艶めいているもの。
やけに白っちゃけて、触らずとも表面がもろもろと崩れそうなもの。
それらがポン、ポン、と置かれ晒されているだけと思っていたのだが……。
実際は地面に半分以上が埋められているように見える。
露出した一部が岩のように見えるというだけで、ほんとうのところ、何が埋まっているのかはわからない。
それらが雑草に埋もれたり獣に踏み荒らされたりしないように、広場ごと手入れされている――いや、これは聖別されている、といったほうが良いのかもしれない。
「なに、これ……」
思い至った一つの可能性に、ぎくり、として。
思わず立ち尽くした。
なぜなのか?
RICOのこれまでの発信の数々だけでなく、苦々しい田舎生活の唯一の色どりであった師匠との日々すらも、色調が反転してしまったようだった。
しかし、そんなみゅうの心情を予測していたとでもいうのか、彼女の背を優しく押すように、爽やかな風が広場を吹き渡った。
『ダイジョウブダカラ……使命ニ目覚メタ子ハ、ミンナ、ソウ……』
「そ、そうだよね。初めの一歩は、みんな、勇気がいる」
再び歩を進めだしたみゅうの目が有るものを捉えた。
その広場を突っ切り、再び木立が繁り始めるところ、広場と再び森が生い茂り始める境界線上に、ぽつりと建つ小さな木造の建造物があった。
それは、とても小さな――小さな社。
みゅうはその存在を認めた一瞬またしても、背中に冷水を浴びせられたかのように、しかし今度ははっきりとした恐怖でもって息と歩みを止めた。
細い注連縄は朽ちて残骸がぶら下るのみで、扉も半分は雨風で飛ばされたのか、もう半分も蝶番がガタガタで扉の用を成していない。耳の奥で、懐かしい祖母の声が、くぐもりつつもはっきり聞こえた。
『イイカイ、朽チタオヤシロニハ、近ヨッチャイケナイヨ』
ところが。
心挫ける寸前で、みゅうの顔には救いと安らぎの朱が挿す。
彼女を繋ぎとめようとした祖母の声は、木々の葉を揺らす風と共にかき消された。
社の向こう。
見覚えがあるような人影が、ゆらゆらと手を振っていた。
みゅうと同じ、ピンクベージュの髪。
みゅうと御揃いではあるけれども、その裾は擦り切れ、垢じみたような汚れだらけの服を着て。
肩に羽織ったのはフェイクファーだろうか?あの灰色の毛並みはいつの投稿で見たのだっけ?見たこと有るはずなのはわかるが、詳しい事が思い出せない。
そして
(嗚呼、そう【この人】だ……このひとのハズだ、きっと……間違いないはずなんだけどな……)
スマホの画面で見ていた時よりも表情が乏しい。
肌の質感も、のっぺりとしている。
笑顔の仮面を付けているような。
彼女はRICOだ。
……え、理子?
りこ、ってダレ?
「あなた、みゅうさんね。おつかれさま、よく来てくれたわ。私【待ちあぐんじゃった】よ」
ここまでの、険しい道程を忘れてしまったかのように。
足取りは実に軽やかになった。
社に向かってスーツケースを引っ張り寄せつつ近づき一礼する。
「御世話になります」
みゅうの目には【何も映っていなかった】。
全ての色彩が深淵の入口のような昏い瞳孔の中に吸い込まれてしまったかのように。
そして、その小さな闇の中に、ポツンと佇んでいたものが一体。
灰色の毛皮の、種族の識別が付きそうで付けられない、大型の獣が。
森の中にずんずんと分け入っていく彼女を見届ける人は誰も居ない。
鳥も、獣も、虫さえも。
日の当たる場所で生命を謳歌する、その気配が全くない。
風は、ただ緑の蒼い匂いを載せて、広場を吹き抜けていく。
どこに届けるでもなく。
届くでもなく。
△ △ △ △ △
二週間後、SNSに新しいアカウントが作られた。
『はじめまして、MIUです。
自分らしく生きたい、自分の使命ってなんだろうな、そんな悩みを抱える女の子たちのチカラになりたくてアカウントを作りました――』
<おわり>
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それでは。
次回の連載までごきげんよう、バイバイ~(ΦωΦ)ノシシ