バーチャル社員
田中は3月1日より新しい会社への転職が決まった。
しかし、なにせこのご時勢である。テレワーク化を徹底して実施しているとのオンライン面接での説明通り、初日からオンラインでの出社となるとの指示が出ていた。
仕事に必要となるパソコンや携帯電話などは全て宅配便にて送られてきた。
ここまで徹底していると、正直転職の実感があまり湧かなかった。
そして、入社日当日となる。田中はzoomにてほかの社員のみんなへ挨拶を行う。
社員のみんなからは控え目な拍手が起こる。
早々に全体でのオンライン会議室は解散となり、人事との入社手続きの説明へと移った。
「正直、面と向かって話せないのはさみしいですね」
ふとつぶやいた田中の言葉に対し、人事は、
「たしかにそうですね。でも、やっぱり感染は怖いですからね。慣れればむしろこの業種では仕事はかなり効率的に運べると思っていますし、基本的に不自由はないと思いますよ」
そんなものなのだろうか。今までの会社ではそこまで徹底したテレワーク化はされていなかったので、うまく会社や仕事になじめるか不安があった。
しかし、やはり人間は慣れだと思った。1か月もしたら、オンラインだけでの仕事を粛々とこなせるようになってきていた。
それにしても、ほんとに誰とも1度も会っていない。ここの社員のみんなは本当に実在しているのだろうかという気持ちになってしまうくらいだ。
そんなある日のこと。会社のPCが突然起動しなくなった。
情シスの人に連絡を取ったところ、てっきり代替PCを送ってくれるのかと思ったが、意外にも「じゃ、ちょっと本社に来てくれないか」との返答であった。
まじか。これはちょっとびびる。まさかのここでの初出社。
一方、これで会社の人に会えるとの楽しみも芽生えてきた。
いくら徹底したテレワーク化とはいっても、全社員が100%オンラインだけで完結するのはなかなか難しい。まして、今の会社は社員数が4桁。元々大きな本社スペースを有していたこともあり、家賃だけ払うのももったいないということで、一部の社員は交代出社しているとのこと。
ということで、情シスの人に会うため、オフィスへの初出社を果たす。
会議室に通され、情シスの人が出てきた。
「どうも、お会いするのは初めてですね、田中さん。情シスの岡本です」
ふつう。いや、それはそう。そのふつうさにちょっと感慨深いものを覚えた。
「実は作業がちょっと遅れて、まだ準備が終わってないんです。すみませんがちょっとコーヒーでも飲みながらお待ちいただけますか。その間作業に戻りますね」
なんと。でも、この無駄な時間もなんとなく感慨深い。
なにせ、入社してからというもの、徹底した会社の時間管理により、仕事中に息つくということがほとんど出来ていなかった。
そのため、岡本さんの言葉も結構意外なものに感じつつ、この会社も人間臭いところがあるんだなとも思った。
コーヒーが冷めないうちに飲むか。
ごくっ。
それにしてもなんか眠いな。最近働きすぎてたかn・・・
zzz・・・
はっ。
会社なのに寝てしまった。というか、なんかベッドに寝かされてないか?
会社にベッドなんてあったの??
あれ。手足が動かない。拘束されてる・・・?
困惑しているところに岡本さんが現れる。
「これはどういうことですか・・・?」
「田中さん、今までうちの社員にはオンライン上でしか会ってないかと思います。みんなはどこで働いていると思いますか?」
え、何を言ってるのこの人。家か会社じゃないの・・・?
困惑する田中の様子をよそに、岡本が続ける。
「実はうちの社員ってほとんど実在しないんですよ。いや、正確には実在していたが正しいかな」
!?
「もちろん、最初は普通に選考のプロセスを経て、実在している人に入社してもらいます。そこで様子を見て、問題なさそうな人からオンライン化の作業を実施するんです。それによって、うちの会社の効率性が最大化されるんです」
いや、まじで何言ってるか全くわからない・・・
「田中さんも、オンライン化の適性がありそうだったので、今回お呼びだてしました。ただ、ちょっと急に決めたので、準備が間に合わなかったんですが、さっき完了したところですよ」
「田中さんのデータは全て取り込みさせていただきました。なので、もう実在するあなたは必要がなくなりました」
え、なに、もう必要がないって・・・用済みってことは始末されるのか・・・?
「田中さん、ちょっと自分の身を案じてます?笑 この会社は用済みの人を始末するなんてサイコパスな会社じゃないですよ。必要がないというのは、実在の田中さんが働く必要がなくなったというだけの話です。あとは、このオンライン化したバーチャル田中さんが働いてくれますから」
「このあと、また人事から詳細が話されると思いますが、もう田中さんはこの会社で一切の拘束がされなくなります。先ほども言ったように、バーチャル田中さんが働いてくれますからね。」
「あとは、田中さんは勤務時間は好きに過ごしていただいて結構です。そして、給料は今まで通り出ますし、バーチャル田中さんのAIが進化したら昇給やボーナスもいっぱい出ます」
「1つだけお願いがあって、このことは口外しないでくださいね。この仕組みはうちの会社が社運を賭けて長い年月を費やして築き上げた仕組みです。これからうちの会社はこの仕組みを他社や他国に展開することで莫大な利益をあげる予定なので。」
「田中さんはとても運がよかったですね。誰よりも早くこのシステムに乗っかることが出来たんですから。じゃ、もうリアルでお会いすることはたぶんないと思いますが、お元気で。よい人生を!」
ふらふらになって会社を後にした。情報量が多すぎる。
しかし、冷静になってみれば、岡本さんのいう通りだ。どんな仕組みなのかさっぱりだが、ともあれ自分はもう労働に拘束されることがなくなったらしい。
これから何をしようか。宝くじに当たったような気分だ。まずは慣れ親しんだ家に帰ってゆっくり考えるとするか。何せ、もう時間に困ることはないのだから。
ところで、ベッドで拘束されてる必要あったの?
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