水星の夢見
人間の目から見た水星ではなく、本来の水星について。
夢見は4月18日にして、今日は5月10日なので3週間ほど前になりますが、夢ではとても怒っていたのを覚えています。
占星術では水星は「知性、コミュニケーション、情報」などと言われますが、その所以は怒りにあると思いました。
例えるなら、捨てられる体験からの怒りのような。
水星は、太陽がなぜ自分を引き剥がしたのか理解できないので、怒りながらずっと考えています。水星意識は、太陽意識に比べると意識のレベルが低く、太陽の意図をすべて理解するのはほぼ不可能です。
ならば、いっそ遠くに離れたいと思っても、水星はほかの惑星より太陽に近く、分離させられたのに、太陽のことを考えることから逃れられません。私は1人で生きてゆくとけん制するも、全く歯が立たない。そして本当は、なぜこうなったのか、すべてを知りたいのです。それを知るためだけに生きている。
私たちはなぜ地球に生まれたのかを思い出すことは、水星の旅とも言えるのかもしれません。初めは取り残されている怒りや悲しみを感じることが大切であり、もしこの探求をやめて、適当なところで、トリトコスモスの人間社会内に落ち着くと、本来の水星の探求は達成されないのではないでしょうか。
占星術は、いまや個々の人間用として扱われ、水星の象徴も、まるで人間の性質の1つのように取り扱う傾向がありますが、水星は惑星意識であり、惑星内に住む人間の意識より、本来大きなものです。水星を人間の範囲に縮小するのではなく、本来の水星意識に入ってゆくことが、より確実な全惑星意識に繋がるのだと思います。
私達はなぜ地球に生まれたのか。
これを忘れたまま生活することは、水星の諦めと変わりません。
本当の水星はロックオンして諦めません。なぜなら太陽が近すぎて、見ないふりができないから。水星は惑星なので、H48意識らしく淡々と怒り続けます。今日もいつもと変わらず、怒っていて平和だなというように。
水星が怒っているというのは、太陽に一番近い惑星として、とても前向きなことなのだと思います。
マガジン:メゾコスモス(惑星界)の夢見