#30 グルジア(ジョージア)語
ジョージアという名前が好きじゃない。でも勝手に知らない名前を使うわけにもいかないので、ここでは慣れ親しんだ「グルジア」で統一する。正直、まだグルジアという名前の方がましだった。というのも、国際的に迎合するために英語の名前に変えるという風潮はどうにも好きになれないからだ。グルジア人には迷惑かもしれないが、グルジア人に「それぐらいなら英語もロシア語もやめてグルジア語で『グルジア』を意味するサカルトヴェロをなぜ諸外国に使わせないのか」といつも私は文句を言っている気がする。
ところでリトアニア語やエスペラント語は素晴らしい。なんてったって、ロシア語由来のグルジアでも英語由来のジョージアでもなく、ちゃんとグルジア語由来のSakartvelasやKartvelioを使おうとする。元の言語の"風味"を大切にし、それを使おうという姿勢に好感が持てる。
しかしながら、名前のポリティカルコレクトは別とし、その言語「グルジア語」は私が巡り合った言語の中でもとりたてて異質な言語に含まれる。
グルジア語の発音
まず発音がやたらと難しい。放出音があることが非常にネックだと思う。普段、私たちの発音は大抵、口の形や歯、口の内部をコントロールし肺から出る空気で音色を変えているが、放出音はもっぱら肺から出す空気ではなく、口の形や歯、口の内部をコントロールして口腔内の気圧を調整して音を出す。音声学的な説明だと「調音点と正門をまず閉じて・・・」などの説明はできるが、説明や理解はできてもなんだかできるような気がしない。そして、今まで自分が発してみたことすらない発音だから自信が持てないからとても人に教えられる気がしない。
例えば最も非グルジア語ネイティブにとって最も難しいとされる音が「カル(q'ar)だ。めんどくさいことに日常的に使うコーヒー"ყავა(q'ava)"のような単語にもこの"ყ(q')"が含まれている。どんな音かというと、舌を口腔の天井のできるだけ後ろ側につけて喉の奥の方に向けて徐々にズルズルと下げていくと、ギュェっとカエルが鳴いたような音が出る。こんなに面倒な発音をしゃべっている間に一瞬でグルジア人やコーカサス系言語の人たちはできるのだから尊敬する。
ただ、グルジア語の先生によれば、実はグルジア人も生まれつき放出音ができる訳ではないらしい。やはり子供は放出音ができず、グルジア語の環境で育つ中で家族や学校で教わりつつ、放出音を身につけていくようだ。このような話を聞くとチェコ語のハーチェク付きの"Ř"を思い出す。そういえば、プラハにいるときは必死でこのŘを練習していたが、ネイティブチェックしてもらったことなかったけ・・・。
さて、二〇二二年三月一日、努力した結果が出た。ネイティブの先生にチェックしてもらい、グルジア語の放出音をちゃんと発音できているとOKをもらった。なので、インフォーマントとしては非ネイティブだが、筆者の発音で雰囲気は掴めると思う。僭越ながら興味がある人は聞いてみてください。
グルジア文字の先の世界
グルジア語の特徴といえば三十三文字の不思議な文字だ。綺麗で可愛いのだけど、この文字のおかげで日本人にはいささかグルジア語が取り掛かりにくい言語になっている要因の一つであることは間違いない。
しかし、グルジア文字がある程度読めるようになって単語を追っていくとなんだか聞いたことがあるような単語を見つけることがある。グルジア語も当然周囲の言語の影響を受けている。かつてはペルシャ王朝、モンゴル帝国、ロシア帝国、そしてソ連などいくつもの大国に支配された経験があるグルジアはその影響を受けていおり、言語も例外ではない。他の言語を経由して伝播されたものもあるだろうが、教科書にみられる基礎的な単語だけでも下記のような言語の借用語が夥しく見られる。
・アラビア語から入ったと思われる単語
ყავა(q'ava) コーヒー
სურათი(surati) 写真
ხალხი(xalki) 人々・国民
・ラテン語から入ったと思われる単語
საპონი(sap'oni) 石鹸
რელიგიური(religiuri) 宗教的な
・ギリシャ語から入ったと思われる単語
მანქინა(mankina) 車
ეკლესია(ek'lesia) 教会
ლექსიკონი (leksik'oni) 辞書
・テュルク系言語から入ったと思われる単語
მეჩეთი (mecheti) モスク
ოთახი(otaxi) 部屋
・ペルシャ語から入ったと思われる単語
ქუჩა(kucha) 通り
・アルメニア語から入ったと思われる単語
ქალაქი (kalaki) 町
MaghaziaやMetro、Avt’obusiなど単語の元となった言語は違うものの近代技術の流入に伴いロシア語から借用したと思われる単語もあるが、特にギリシャ語系の単語が広く取り込まれている印象を受ける。もちろん本来のコーカサス系の語彙も広く使われているし、直接着用せずにグルジア語に翻訳して取り込んでいる例もあるだろう。しかしながら、グルジア語の語彙の世界はキリスト教とイスラム教世界の間に位置し、また多民族多言語の環境で生き抜いてきたことから借用先の言語も非常に豊かである。この色鮮やかな語彙の世界を覗き見るためにはグルジア文字の攻略が必須ではないだろうか。
まず第一に音声学的にも文化的にも豊かなこのような言語があまり日本の人たちに知られずにいるということが残念だ。しかしながら、ありがたいことに最近は一部のグルジア語研究者の方々の手によって、グルジアの文化や言語を勉強できる書籍も増えてきた。
この機会に興味のある方はぜひ手に取って頂きたい。
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