
マリオガン~THE END OF VIOLENCE~第1部・17章「クロエ」
三人と別れて『飛頭蛮』を出たマリオは自分の部屋には戻らない。首都高速にバイクを乗せていつものようにサーキットする。ミカリの顔が脳裏に浮かぶ。監視カメラの一件からもう一ヶ月以上会っていない。彼女を撮られたくない気持ちと逢いたい気持ちが、いつものようにぶつかり合う。どれだけバイクを飛ばしても今夜は心が鎮まらない。感情がコントロールできなくなっている。「だめだ、もう───我慢できない!」
風の中でマリオは叫び、高速を降りてミカリのマンションへ向かう。公安の尾行がついていることも分かった上でアクセルを開く。十分もかからず到着する。地下駐車場に降りてバイクを停める。時間は深夜を過ぎている。サービスエレベーターでエントランスへ上がってインターフォンのボタンを押す。しばらく待つ。回線が繋がる。何を言えばいいのか分からない。ミカリもじっと黙っている。モニター越しに見つめられているのが分かる。回線が切れる。溜め息を漏らす。怒ってるよな、当然だ。もう一度ボタンを押そうとすると、ドアのロックが解除される。開けてくれた、と思うよりも早く体が動いて中へと入る。
心臓を高鳴らせてメインエレベーターで最上階まで昇る。部屋の前に立ってチャイムを鳴らす。すぐにドアが開かれる。部屋着姿のミカリが目の前に立っている。漆黒の瞳、艷やかな黒髪、桜色に萌える唇、スレンダーとグラマラスが調和した体───周ミカリ。僕の最愛の人。初めて出会った〝星〟の女。胸が一杯になり喉が詰まる。玄関に入ってドアを閉める。怒りと呆れと愛しさを浮かべた顔で見つめられる。抱き寄せられてキスされる。瞬間的に勃起して抱きしめ返す。玄関の天井に設置されている監視カメラの存在を忘れる。唇の柔らかさと肌の香りと体のしなやかさに夢中になる。手をつないでベッドまで行く。
あっという間に二時間がすぎる。
照明を落とした寝室でマリオとミカリは横たわっている。天井を見ながらマリオが訊く。「・・どうしてた?」「美大の受験に集中してた」目を閉じたままミカリが答える。「昨日、一般科目のテストが終わったところ」ああ、そうだったんだ。「どうだった?」ミカリが目を開け、誰に訊いてるの、という表情で微笑む。マリオの腕に乳房を押しつけて言う。「合格発表まではこの部屋にいて」「わかった」二人はキスをする。漆黒の瞳に覗き込まれる。唇を離してミカリが訊く。「・・監視カメラがまだ気になる?」「いや」とマリオは苦笑する。何もかも撮られてしまったし、その録画を元に大量のダミー動画が作られるはずだから、もう本当に気にしなくていい。「そうじゃないんだ」目を伏せて打ち明ける。
「馬や国刀や虎やルカに、リーダーと思われてるのが嫌なんだ・・・自分がどうしたいのかも分からない・・・理想も、欲望も、憎しみもない・・・空っぽなんだ・・・それがイラつく・・・」
「空っぽがマリオの自然でしょう?」さらりとミカリが言ってのける。「リーダーの枠に嵌められることで、際限なく大きくなろうとしてる自分に、ブレーキをかけられるのが嫌なんじゃない?」
あ。マリオは息を呑む。それだ、と言うように金色の星が視野の右上でギラリと光る。ミカリが続ける。「人の想いなんて気にせずに、ただ〝中〟に入れちゃえばいいんだよ」うわ、と驚く。「ルカにも言われた」あれは〝リーダーになれ〟って意味じゃなかったのか───気づいて心でマリオは謝る。ルカは答えず視野にも現れない。ミカリと一緒にいる時はいつも気配を消している。
「空っぽなのは僕だけで・・・居場所がないように感じてたんだ」マリオが小さく溜め息をつく。「確かに居場所はないかもね」ミカリがマリオの髪を撫でる。「〝星の男〟と普通の人間は、あまりにもスケールが違いすぎる。虚しさを感じるのは、マリオが自分の大きさを理解してないからだよ」「自分の大きさ・・?」ミカリが頷く。「サッカーボールが、米粒になれないって悩んでるようにしか、わたしには見えない」
その言葉で焦りが消えてなくなり、体がふわっと楽になる。
そうか───僕は、無理してたのか。
「わかった・・ありがとう!」ミカリを引き寄せ抱きしめる。満足そうにミカリが笑う。やっぱりこの女はかけがえがない、と胸を熱くしながらマリオは思う。世界にたった一人だけの、僕と同じ〝星の女〟だ。
その後、もう一度交わってから、抱き合ったまま二人は眠る。
*
夜が深まりきった頃、マンションの前に一台の黒いミニバンが現れる。地下駐車場に入っていって客用スペースに駐車する。スライドドアが開き、スーツ姿の白人の男が三人出てくる。続いて助手席から黒いコートを纏ったクロエ・デーモンが降りてくる。ドライバーにエンジンをアイドリングさせたまま、クロエは男たちを率いてエレベーターに乗り、一階へ上がってエントランスへ向かう。インターホンのコンソールにスマホをかざしてタップする。それでオートロックが外れてドアが開く。
住居内に入ってメインエレベーターを使う。最上階まで昇ってフロアを歩き、ミカリの部屋の前に立つ。センサーにスマホをかざしてタップし、ドアのロックを解除する。コートのポケットにスマホをしまい、右手から血の塊を出現させる。それが伸びて一瞬で固まり、紅い剣が現れる。数歩下がって男たちを前に出し、「さあ」と涼やかにクロエが言う。「間違った〝魂の殺戮兵器〟の使い方をしている人間動物を処分しよう」
✶
北の大陸に本社を置くメガファンドの経営者のひとり子として、クロエ・デーモンは生を受けた。天使のように美しい赤ん坊だった。プラチナ・ゴールドの髪と、水色の瞳と、透き通るような白い肌をしていた。五才までは男の子だと思われていた。性分化疾患で、両性具有のカテゴリーに入ることが分かり、体の状態から女として振る舞った方がいいと決められ、ファーストネームを女性名に変えられてからも、クロエは男を捨てなかった。二つの性を生きることが彼/彼女にとっての自然だった。その二重性は血族や民族のあり方とも合致していた。クロエの家族は祖父母の代から、北の大陸を支配する大国と、西側諸国の橋頭堡として中東に作られた白人国家の、二つの国籍を持っていた。彼/彼女の血族は、二千年に渡って国を持たず、西側諸国や中央大陸を流離ってきた民族に属していた。
白人国家の国籍保持者は、特殊なイデオロギーに染まっていた。国を持たないために迫害されてきた過去の弱さと決別し、戦って自らの国家を勝ち取る、強い民族に生まれ変わらなければならないと信じていた。そのためにクロエの血族は代々に渡って金融業を営み、各国の政府に金を貸すことで国際経済に関わってきた。そして西側諸国連合や北の大国と結託して、彼らの宗教の聖地である中東の内海のほとりに、小さいながらも強力な軍事国家を打ち立てた。当然先住の人々との間に激しい紛争が勃発し、それは長い戦争に発展した。祖父や父は自らの民族の誇りと未来を守るため、白人国家に莫大な資金援助を行いながら、ロビー活動をして北の大国に軍事面でバックアップさせることで、その〝聖なる戦争〟を支え続けた。
祖父や父や同胞たちの欺瞞を十代の半ばでクロエは見抜いた。どんなに美化して正当化したところで、彼らがやっていることは侵略と植民地政策であり、それを可能にするための大量虐殺行為でしかなかった。さらに、さらに、二千年に渡って差別され、迫害され続けてきた被迫害者としての過去を、中東の人々を同じ目に遭わせて、彼らの中に投げ捨てたい、彼らごと焼き尽くし消し去ることで、民族として生まれ変わりたいという、壮大で身勝手な欲望を抱いていることすら洞察した。
迫害された集団が、さらに弱い集団を迫害することで、強者へと自らをシフトアップさせる───姑息で卑劣なこの行動に、生き物としてのピュアさをクロエは感じた。建前や綺麗事をかなぐり捨てた本能からの反応だと思った。民族の〝物語〟が焼き尽くされるところを、直接見たくてたまらなくなった。両親の反対を押し切って免除されていた徴兵に志願した。性別を女で登録し、中東のもう一つの母国へと渡った。
聖地の風土はクロエに合った。戦闘訓練を受けることはキツいけれど楽しかった。IQテストで百六十を超えて試験官たちの度肝を抜いた。先住民たちは人間ではない、人のかたちをした動物だ、神に選ばれた我々には彼らを屠殺する権利がある、と教官から徹底的に刷り込まれた。同期の入隊者がどんどん過激なヘイト思想に染まっていく中、クロエは変わらず端然としていた。幼い頃に親族から聞かされた話ばかりだった。むしろ民族に対する歴史性や哲学性に欠けるとすら感じた。オフの時間に自分なりの優勢思想を同期の兵士たちにレクチャーした。資格ある者による殺戮行為が、世界市場を回すエンジンになり、同時に民族を結束させる儀式にもなることを涼やかに語った。透明感のある美貌とシャープな知性と磁力的なカリスマ性に、誰もが強く惹きつけられた。将来有能な将校になると教官たちの間でも噂になった。
初めてクロエが従事したのは、古いモスクとその周辺の町を爆破するデモリッション作戦だった。千年の歴史を持つ町並みが連鎖爆発で一気に吹き飛ばされるのを、離れた丘の上で見ながら兵士たちは歓声を上げた。爆煙が収まるのを待ってから、敵軍の地下トンネルや武器庫がないか、全員で町をチェックした。モスクの跡地に入ったクロエは、崩れ残っていた石壁の隙間に、何かが隠してあるのを見つけた。それは中世の剣だった。厳重に封印されていたように見えた。取り出して鞘から抜いてみた。血のように紅いブレードで全く錆びていなかった。隊長に報告するのは違うように思った。肩から下げて持ち帰った。何故か没収されなかった。班舎に持ち込みベッド脇に置いた。誰にも咎められなかった。剣がそうさせているように感じた。数日かけて休憩時間に汚れを落とした。中世の鋳造ではないように見えた。もっと昔に作られた剣をリブレーディングしたのかもしれない、と思った。
その想像は当たっていた。真夜中になるとクロエの枕元に見知らぬ男たちが現れた。中世の騎士や海賊や古代の剣闘士の亡霊だった。さらに時代の古そうな鎧を着けた戦士もいた。クロエは眠っていなかった。それは夢と現実の狭間の出来事だった。亡霊たちが殺戮のビジョンをクロエの中に流し込んだ。紅い剣はこれまでに数万の人間を殺していた。ある時から刀身が漆黒の炎のような妖気を孕んだ。離れて一振りするだけで炎が敵の魂を焼いた。魂を焼かれた人間は自殺したり仲間同士で殺し合った。そうやって死んだ人間の方が斬られた人間より多かった。
〝魂の殺戮兵器〟と騎士の亡霊が言った。紅い剣はお前を選んだ。どうして僕なの、とクロエが訊いた。大量殺戮を引き起こせる場所に立っているからだ、と海賊の亡霊が答えた。そして、殺しを無邪気に求めているからだ。そうだ、僕は求めている、民族の〝物語〟が焼き尽くされて、消えるところを僕は見たい。ならば紅い剣と合体しろ、と剣闘士の亡霊が言った。そうすることで剣の力を自由に使えるようになる。クロエが瞳を輝かせた。わかった。どうすれば合体できる?漆黒の炎をブレードに纏わせ、自分の心臓を刺し貫け、と戦士の亡霊が低い声で言った。そこで現実の世界に戻った。紅い剣は変わらず傍にあった。
剣とバスタオルを持って班舎を出た。シャワールームへ行って裸になり、灯りを点けずにブースに入った。ブレードを引き抜き目の前にかざした。黒い炎を纏っているのがはっきり見えた。壁にもたれて剣を逆手に持ち、切っ先を胸の真ん中に当てた。バクバクと動悸が激しくなった。深呼吸してから一気に突いた。痛みよりも激しい熱さを感じた。大量の血が溢れ出した。構わずさらに深く刺した。ブレードがずぶずぶと体に入った。まるで溶けて無くなるようだった。心臓から体の隅々へ熱が回っていくのを感じた。とうとうポンメルだけになった。両手を使って押し込んだ。それで完全に剣は消えた。体の中に入ってしまった。自分の流した血の中に座り込んで息を整えた。心臓が膨れ上がったように感じた。急速に傷口が塞がるのが分かった。
動けるようになってから立ち上がってシャワーを浴びた。体温が上がったように感じるだけで体に特に異常はなかった。合体したんだ、嘘みたい───シャワーを止めて溜め息をついた。胸の傷跡はすっかり消えていた。でもこれ、どうやって出せばいい?何となく右手を振ってみた。掌から血の束がしなるように伸びて、一瞬で固まり剣になった剣になった。落としかけて慌ててグリップを握った。思うだけで出てくるのか。戻れ、と念じると剣は血になり、体の中に入ってしまった。呆然とクロエは掌を見た。クスクス笑った。止まらなくなった。こんな面白いことがあるのかと思った。さっそく明日から力を試そう。
次の日、戦場に出たクロエは、大隊が何ヶ月も手こずっている手強いゲリラ勢力に対して、紅い剣を使ってみた。四人の亡霊にガイドされて、敵が潜んでいる場所を見抜き、漆黒の炎を飛ばして仲間同士で殺し合わせた。想像以上の剣の力にクロエは興奮し夢中になったが、そのためにいくつも命令違反を犯して、班長から激しく叱責された。紅い剣で頭を刺せば好きなように操れる、と亡霊たちに教わり班長を刺した。班全員の兵士の頭を剣で刺して洗脳した。それでクロエが実質的な班長になった。他の班の兵士にばれないよう、ミッションの範囲内に収まる程度に剣の力を使い続けた。どれほど危険な状況の中でも、クロエは傷一つ負うことなく、担当する敵を同士討ちさせて小隊全員を生還させた。
兵役が終わるまでの二年間で、千人を超える敵の兵士を紅い剣で〝殺処分〟した。その状況が上層部からはクロエのリーダーシップの顕れに見えた。最初の一年で伍長になり、一年半後に三等軍曹に、兵役の終わりで二等軍曹になった。初年兵としては異例の昇進だった。このまま職業軍人にならないか、と大隊長から誘われたが、クロエは丁重に断った。兵士として行える殺戮の規模には限界があることを悟ったからだ。被迫害者の〝物語〟が焼き尽くされて消滅するのを見るためには、軍隊より高いポジションに立って、ジェノサイド全体を操作することができなければならないと分かっていた。そのためのシステムを構築するために、クロエは除隊し、北の大陸へ戻った。
両親は帰国を心から喜び、もう戦場へ行くなと釘を刺した。ファンドの経営を勉強するために支部組織に入れという父親の言葉を、クロエはあっさり受け入れた。その前にしばらく旅行したいと言うと、父親は喜んで金を出した。その時間と金を使って、大量殺戮をコントロールするためのサイバーチーム作りに取りかかった。ダークウェブに詳しい人間を使ってエリートハッカーを探させた。最初にピックアップされたのは、中央大陸の南を支配する大国が使っていた人物だった。十三歳の少女で天才的なアタッカーだった。半年前に軍の施設を逃げ出し、列島の首都に潜伏していた。さっそく彼女を手に入れるため、ボディーガードを率いて列島へ渡った。首都の上空に飛行機がさしかかったとき、頭の中で騎士の亡霊が言った。
〝魂の殺戮兵器〟を持っている者が、この列島に一人───いや、三人いる。
唐突に言われてクロエは驚いた。同じような〝兵器〟があるだろうとは思っていたが、一ケ所にいくつも集まっている状況は想定していなかった。拳銃が一挺、ライフルが一挺、刀が一本、と剣闘士の亡霊が言った。それらは裏返って変質し〝殺戮兵器〟ではなくなっている、と海賊の亡霊が言った。裏返っている?どういうこと?魂を浄化し殺戮の衝動を消してしまうのだ、と騎士が言った。特に拳銃の力が強い、持ち主を見つけ出して殺さないといけない、と戦士の亡霊が低い声で言った。
ふふ、とクロエは微笑した。透き通るような白い頬に赤みが差し、水色の瞳が興奮で光った。雲の下に広がる首都のパノラマを見ながら、いいね、と静かにつぶやいた。。被迫害者の〝物語〟を焼き尽くすための道具が、さらに三つも手に入る幸運に、クロエは心から感謝した───。
✶
ぎいいいいぃぃん、
とアラーム音が鳴り響いて、眠りの底からマリオは目覚める。「うわっ!」と声を上げて跳ね起きる。時計を見る。まだ夜明け前だ。クロエだ!と頭の中でルカが叫ぶ。今、この部屋の外で紅い剣が出された!え?うそ?「・・どうしたの?」ミカリも目を覚ます。カチャリ、と微かに鍵が開く音がする。続いて玄関のドアの開く音が聞こえ、靴を履いたままの足音がドカドカと廊下を踏んでくる。大陸系ギャングのアジトを襲った白人たちのことを思い出す。あの時と同じだ───襲撃された!一気に頭に血が巡る。今からじゃミカリを逃がせない。紅い拳銃を実体化させつつ毛布で包んで彼女をかばう。寝室のドアが蹴り開けられる。スーツ姿の三人の白人が飛び込んできて銃を向ける。マリオも紅い拳銃を構える。
紅い剣を手にしたクロエ・デーモンが寝室の入口に立つ。水色の瞳をキラキラ光らせ「こんばんは」と涼やかな声で言う。睨みつけてマリオが訊く。「どうやって・・入ってきた?」目を細めてクロエが薄く笑う。「虎って子ほどではないけれど、僕にだってサイバースタッフはいるんだよ?」そう言って胸ポケットを指で叩く。硬い音がする。きっとスマホだ。「・・・ハッキングアプリでスマートロックを解除したのか!」
『飛頭蛮』で別れ際に虎から言われたことを思い出す。「クロエは殺しておいた方がいい。でないと必ず後悔するぞ。俺があいつの立場で同じことをされたら───」「されたら?」「速攻でお前を殺そうとするから」当たりだ虎、と心で言ってマリオが紅い拳銃を撃つ。金色の炎が三人の白人を包んで〝魂の再構築〟がスタートする。うめきながら白人たちがうずくまる。クロエが紅い剣をさっと薙ぐ。漆黒の炎が白人たちの体から金色の炎を吹き飛ばす。ぎりっ、とマリオが歯噛みする。また〝再構築〟をキャンセルされた!剣の先をマリオに向けてクロエが一歩前に出る。
「僕に紅い拳銃を向けるなら、実弾を入れておかなくちゃ」さらに一歩出る。二メートルも離れていない。「それとも血の弾丸を撃ち込んで、僕も拳銃ホルダーにしてくれる?」愉快そうにくすくす笑う。ふっ、とマリオも苦笑する。何もかも調べ上げられているみたいだ。クロエが両手で剣を構える。「君たちのグループは放置しておけない。全員殺処分する。まずは君から」言いざまクロエが剣を振る。マリオも撃つ。黒と金の炎がぶつかり合う。立て続けにマリオが炎を撃ち出し、それをクロエが弾き続ける。見えない二色の炎と火花で部屋の中が満たされる。床でそれを浴びている白人たちが悶え苦しむ。
先に力尽きたら死ぬ、漆黒の炎で魂を焼かれ、ミカリを殺して自殺してしまう、そんなことには絶対させない───そう思って拳銃の火力をマリオが大きく上げた瞬間、パン、と乾いた炸裂音が響いて、クロエの剣の振りが止まる。ギョッとして音のした方をマリオが見る。ベッドの脇で裸のミカリがひざまずいて拳銃を構えている。白人の一人が取り落とした銃で、銃口からは煙が上っている。パタタ、と床に血の雫が落ちて、クロエがだらりと剣を降ろす。右の二の腕を撃ち抜かれている。不思議そうな表情でミカリを見つめる。
「マリオは、絶対に殺させない」
漆黒の瞳を底光りさせて、毅然とした声でミカリが言う。
「・・・あはっ」クロエが破顔する。「僕を傷つけた人間動物は、君が初めてだよ───ミカリ・アマネ」やばい、とマリオは直感し、体でミカリを庇おうとする。それより速くクロエが動く。ひゅん、と紅い剣が振られる。「は」とミカリが息を呑み、マリオが大きく目を見開く。切先がざっくり突き刺さっている自分の胸をミカリが見る。それからマリオの顔を見る。クロエが紅い剣を引き抜く。鮮血が吹き出し宙に舞う。
<続く>
いいなと思ったら応援しよう!
