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短編小説集「リンゴ・ロッソの恋/ソムニウム」をAmazon Kindle で発売しました。冒頭部分を無料公開します。
note に以前アップしていた中編小説「リンゴ・ロッソの恋」、短編小説「DROPPER」、夢をモチーフにした100本の超短編「ソムニウム」を、一冊の電子書籍にまとめてAmazon Kindle で発売しました。
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試し読みとして「ソムニウム」の冒頭10本の超短編を無料公開します。もしも面白いと思ってもらえて、購入していただけたら嬉しいです(リンクはページの一番下にあります)。
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1・鳥
「がっかりだ!」
と耳元で怒鳴られ、頭を平手で叩かれた。
痛い!と思った瞬間に、高い空を落ちていた。
何度か雲を突き抜けると、眼下に大きな川が見えた。
長い橋がかかっていた。水は透き通ってきらきらと光っていた。
水面が迫って頭から落ちた。沈んで水を呑み、もがいて浮かんだ。
無数の死体が一面にみっしりと浮いていた。
どれもこれも腐っていて触れると肉がべろりと剥がれた。
叫びながら死体をかき分けて泳いだ。
岸にたどり着き、水から上がり、川岸の道をとぼとぼ歩いた。
穏やかな夏の夕暮れだった。遠くでヒグラシが鳴いていた。
里山の手前で道が分かれた。
片方が神社へ、片方が寺へと続いていた。
神社へと続く道を進んだ。鳥居をくって境内に入ると、巫女が参道を掃いていた。
「話を聞いてほしいんです」と言うと「こちらへ」と拝殿に案内された。
中に入ると、神主姿の老人が四人、横一列に並んでいた。
その前に座って告白した。
「死体の川を泳いで渡ってきました。全部自分が殺した人たちです」
吐き出すように言いながら、そうだったんだ、と思い出して泣いた。
四人の老人がニコニコ笑って「ある、ある、ある」と頷いた。それから一つの声で言った。
「蜥蜴が鳥になったように、私たちは空へと昇る。人の体はそのための土台だ」
老人たちが鳥の顔になり、頭の横から羽が生えた。
四羽の鳥が頭から抜け出し、羽ばたいて外へ飛んでいった。
残された老人たちは馬鹿のようになっていた。
驚いて見ているうちに自分の顔も鳥になった。頭の横から翼が生え、抜け出して鳥になり、飛んでいった。
「ああ、ああ、馬鹿になってしまった」とつぶやきながら外へ出た。
西の空を、無数の鳥が、隊列を組んで飛び去っていった。
「ららぁ、らあああ」と耳元で綺麗な歌声が聞こえた。
2・ジェットコースター
公園に行くと、滑り台の下の砂場で、自分の体が燃えていた。
すっかり炭化し、中身が空っぽになっていた。
遊んでいた女の子が、片手で持って振り回した。
パリパリと抜け殻が崩れて散った。
「そうか、俺は脱皮したんだ」と思い、嬉しくなって自転車で走った。
白い歩道をすいすい進んだ。
園服を着た幼稚園児が一列に並んで歩いていた。
近づくと子供は一人しかいなかった。残像を残して、同じところを何度も何度も歩いていた。
自転車を止めてしばらく眺めた。単純な繰り返しが面白かった。
子供がこっちを見て、ニヤリと笑い、残像の中から抜け出して走った。
自転車でその後を追いかけた。坂道がキツくなり登れなくなった。
見下ろすと、巨大なジェットコースターの頂上にいることが分かった。
それは滑り台かたちをしていた。
幼稚園児がすぐ横で「ぱぴらか」と言った。
ぼっ、と体が燃え上がり、レールの上を滑り落ちた。
3・シリウス
冬の夜空に青い星を見た。冷たくきらきら輝いていた。
「あの星はもともと赤かった」とオートバイを走らせながら思った。
星はどこまでもついてきた。家に戻ると宅急便の人が来ていた。
「すでのもけどとおのらかスウリシ」と言って、大きな箱を置いていった。
中に首から上のない少女の体が入っていた。
どうしよう、と思いながら少女の胸に手を当てた。ズブリと埋まって何かを掴んだ。
引っぱると母親の頭が出てきた。少女の首には合わなかった。
女教師、つきあった女の子たち、職場の同僚、女優やアイドル、すれ違っただけの女たち───いくらでも胸から頭が出てきた。どれも少女には合わなかった。
ふと思いつき、自分の頭を斬り落として当ててみた。ぴったり合ってくっついた。
とても美しい顔に変わった。青い瞳に青い髪をしていた。
立ち上がって少女が言った。
「わたしを生きて、赤い色に戻して」
気がつくとオートバイを走らせていた。夜空に赤い星が輝いていた。
あれを追いかけて地の果てまで行く、と思いながらアクセルを開いた。
4・天空バス
入り組んだ路地を歩いてると、何かがこちらへ飛んできた。
捕まえると小さなUFOだった。大きな目玉がついていた。それがギョロリとこっちを見た。
放り投げて角を曲がると、黒い煙が溜まっていた。
進むにつれてそれは濃くなり、路地いっぱいに充満した。ヤバい、と思って来た道を戻った。
「ガソリンを撒いてやったぞ!」という叫び声が後ろから聞こえた。あはは、あはは、と笑っていた。
路地の外へ出て「危ない、逃げろ!」と道行く人に言いながら走った。
外は真夜中になっていた。坂道の途中で少し休んだ。
照明を消した回送バスが坂の下から登ってきた。車内が真っ黒で見えなかった。
通り過ぎた後に大量の靴がバラバラと落ちていた。
バスは坂道の上で宙に浮き、オリオン座に向かって飛んでいった。
鳥肌を立ててゾクゾクしながら、見知らぬ人と地下道を歩いた。
「あのバスが恐ろしくてたまらない・・・もうしばらく一緒にいて下さい」
震える声でそう頼むと、その人が手を差し出してきた。オレンジ色に光っていた。
握手すると自分の手に光が移った。
「もう大丈夫だから」とその人は言って、横にある居酒屋に入っていった。
後について中に入ると、友人たちが飲んでいた。
ああよかった、いつもの世界、いつもの場所だ、と安心した。
酔っ払って合気道の技を披露し、猿のようにぴょんぴょん跳ねた。
あはは、あはは、とみんなが笑った。
5・ミンタカと緑の龍
ヨガのレッスンを受けている。インストラクターはアラブの女性だ。
黒い髪をシニヨンにしていて、褐色の肌で、黒目が大きい。
鳩のポーズを決めたまま、じっとこっちを見つめている。
ミンタカ、という言葉が浮かぶ。彼女の名前なのだと思う。
するとマンションの隣人の部屋にいる。レイアウトが自分の部屋と鏡写しだ。
「前の家から持ってきた」と言って、窓の網戸を隣人が指差す。
網戸は正三角形をしていて、窓の内側に取りつけてあり、フレームに落書きの跡がある。
その落書きが視野いっぱいに広がり、目の前に青空と雲が開ける。
部屋はそびえ立つ山の頂上にあり、両脇を雲が流れている。
「ああ、すごいね」と言って振り返ると、隣人がぶるぶる振動している。分裂して二人の女の子になる。
三人並んで、窓辺に座り、雲と空のパノラマを見ている。
気がつくと部屋が飛んでいる。雲の中を突き抜けていく。冷たくてすごく気持ちがいい。
「抜けた」と女の子たちが嬉しそうに言う。
雲が切れて一面の遊園地が見えてくる。無数の花で飾られている、奇妙に歪んだ音楽に合わせて、厚みのないぺらぺらのキャラクターたちが踊っている。
キャハハ、キャハハ、という女の子たちの笑い声を聞きながら、自分が一段下の世界へ堕とされたことを知る。
上の世界へ行きたい、と思う。
「ミンタカ」と言って目を閉じる。
闇の中で、三つの三角形が、触れ合ったり離れたりしながら、涼やかな音を立てている。裏返ってパタンと重なり合う───パタ・パタ・パタと横移動───一つの三角形が大きくなって、他の二つを中に含む。
目を開くと遊園地は消えていて、星空と雲の海がある。女の子たちはもういない。
遠くの雲間を、緑色の龍が、泳ぐように飛んでいる。
「今日はここまで」とポーズを解いて、涼やかな声でミンタカが言う。
黒くて大きな二つの瞳がプロフェッショナルに光っている。
6・エーテル・バー
繁華街のバーへ行く。
空気も雰囲気も最低で、音楽がうるさく、選曲がダサい。
最低だ、と思いながらビールを頼んでカウンターで飲む。
「酔いたいのか?」と両隣りの客たちに訊かれて「だから来たんだ」と返事する。
すると髪型をモヒカンに変わる。オレンジのアクセントがジグザグに入った、金色に輝くモヒカンだ。
こういうことじゃない、と腹を立てる。存在の芯から酔いたいんだ。
バーテンにそっと手招きされて、カウンターの内側へこっそり入る。コーナーに躙り口が作られている。這ってそこをくぐり抜ける。
出ると別のバーがある。
内装はシンプルかつクラシックで、音楽は何も流れていない。
高山のように空気が澄み切っていて、物の輪郭がくっきりしている。壁の模様や、カウンターの木目や、スツールの質感が圧倒的だ。
カウンターには常連客が数人いて、正装したバーテンがシェイカーを振っている。
自分も座ってハイボールを頼む。黒くて丸いボトルが出され、凄まじい透明度のグラスと氷に、チャコールの液体が注がれる。
「哲学者の魂を単式蒸留し、クリスタルの樽で十年寝かせたものです」
陶器のように艷やかで白い歯を見せてバーテンが言う。
「それは?」と目についた高い棚にあるボトルを指す。
「独裁者の霊の百年ものです」
値段を訊いてみる。手が出ない。
ハイボールが出される。一口飲む。体が溶けてしまいそうに美味い。染み渡るように酔いが回るとキンキンに頭が冴えていく。
こんな酒がこの世にあるのか───。
三杯飲んで、その酒のボトルを入れてから店を出る。
繁華街をほろ酔いで歩く。
世界の画素数がゆっくりと下がっていくのが心地良い。
始発のホームに立ちながら、独裁者の百年ものをいつか飲んでやる、と心に決める。
7・古代魚の庭園
爆撃を受けて荒れ果てたコンクリートの街にいる。
瓦礫だらけの道の上を滑るように飛んでいく。どこもかしこもかさかさに乾き切り、一滴の水すらない。半壊した倉庫に入って、床下の換気口に吸い込まれる。
きら、きら、きらと闇が光る。ぴう、ぴう、ぴうと風が鳴る。
和洋折衷の古い洋館の大きな庭園に着地する。
そこではパーティが開かれており、華やかに着飾った客たちが楽しそうに語らっている。
小さな池がいくつもあって、すべてに橋がかかってる。橋の上から池を覗くと、古代魚がたくさん泳いでいる。
ダンクルオステウス、ヴェンタステガ、ディプノリンクス、エウステノプテロン、ハイネリア、 クラドセラケ、 ビルケニア。
池から池へ、橋から橋へと、移動しながらじっくり見ていく。
どんどん足場が高くなり、気がつくと堤防の上にいる。
はるか下に海があって、無数の魚影が動いている。
夕陽にきらめく波の荒い沖で、巨大なパンデリクティスが跳ね上がる。
漁船に乗った男たちがそれを狙って銛を投げる。その漁船に自分も乗っている。
きら、きら、きらと銛が光る。ばく、ばく、ばくと胸が鳴る。
獲った古代魚を陸に上げて担ぎ、裸の男たちと海岸を歩く。
あるわ・あるら ほう、あるら・あるり ほう、
しゅきるきん・さきるきん、とみんなで歌う。
8・黒い牛
江戸の町を歩いていると、
大きくて真っ黒な牛の群れを連れて、和服ではない着物を着た、屈強そうな男たちがやってくるのに行き合った。
「牛をとれ。連れていっていいぞ」「とらないのか」
と声をかけて歩いていた。
男たちは目の光が強く、髪と肌が艷やかで、生命力に溢れていた。
町人たちは畏れて近寄らなかった。
「関わってはいかん」と言いながら、侍たちも距離をとっていた。
牛の群れはどこからか溢れるように湧いてきたもので、男たちは群れに寄り添い、人の社会に縁づけようとしていた。
彼らが通り過ぎてから、激しい後悔が湧いてきた。
走って引き返し、探し回ったが、見つけることはできなかった。
次こそは牛をとる、と思いつつ、二度と会えないと分かっていた。
9・皆既月蝕
ダンボールの空箱が積み上げられた山を登る。
こういうところを進むのは得意だ、と思いながらどんどん進む。登っているつもりが、いつの間にか降りていて、大理石の床に立っている。
そこは大陸奥地の大都市で、日本と中国が共同で作った迎賓館のエントランスだ。
別れた妻とそっくりな女性に建物の中を案内される。
ベランダに出ると、夕暮れの空で皆既月蝕が始まっている。月蝕は妖しく美しい。
見ているうちに、口の中に豚の角煮の食感が広がる。とろけて美味い。噛みしめる。
すると神田の料理屋にいる。落語家と差し向かいで話している。
「あんたも座談をやったらいいよ。百人の前で喋るのさ」と甲高い声で師匠が言う。
「辛口の○○さんが、あんたのこと、良いっつってたよ」
そうか、じゃ、やろうかな───と考えているうちに、師匠が展示ケースに入った等身大の蝋人形になる。
展示場は真っ暗で、そこだけ照明がついている。
蕎麦を食べる仕草をしている蝋人形をしばらく眺める。
ケースの中に入るのは嫌だな、と思ったところで月蝕が終わる。
10・シャム双生児と緑の蛾
深い洞窟の中にいた。シャム双生児の女になっていた。
白髪・白髭・白装束の老人が、左の自分の左肩に触れた。
老人の体にはカーキ色の軍服が重なって見えていた。
日本軍の軍服だな、と思ったところで目が醒めた。
醒めた。
醒めた。
醒めた。
五回続けて夢から醒めた。
ベッドの横にローチェストがあって、パキン・パキン・パキパキ、とラップ音が鳴っていた。
引き出しを開けると、緑色の蛾が何十匹も羽化していた。
背筋がおぞけ立ち、あわてて閉めたが、一、二匹外へ出てしまった。
すべての引き出しの中で、蛾が羽化しているようだった。
どうやって殺そう、と考えながら洗面所で歯を磨いた。
あの蛾はすべて、シャム双生児の女の生まれ変わりであることが分かった。老人と日本軍が養殖して放ちたがっているのだった。食い止めなければならなかった。それが自分の使命だった。
鏡に映った顔の中で、
ぎゅり、
ぎゅりり、
ぎゅりりりゅん、と両目が膨らみ、飛び出して光った。
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