トイレ協力金、支払いを増やすには? ナッジ介入で効果を検証~尾瀬保護財団×ポリガレ
こんにちは! PolicyGarage(愛称ポリガレ)の企画広報チームです。
今回は、尾瀬保護財団とポリガレで2021年度に取り組んだ、「トイレチップ(協力金)の支払いを、ナッジで増やせるか」という実証事業についてご紹介します。
◇支払いをナッジで増やす
福島、新潟、栃木、群馬4県にまたがる尾瀬国立公園には、例年20万人以上の観光客が訪れます。そこでは、長年の懸案となっている「トイレチップ問題」があります。自然環境に影響を与えないよう特殊な汚水処理が必要なトイレの維持費をまかなうため、利用者に対し、1回につき100円のトイレチップを求めているのですが、実際の一人当たり支払額が30円程度(全体の利用者のうち3割程度しか払っていない、あるいは支払額が100円より少ない)状況が続いています。
そこで、公園を管理している公財・尾瀬保護財団(前橋市)の田中佑典事務局長から、「ナッジを使って協力金回収を増やせないか」というご依頼を受けました。(肩書きは2021年度時点)
◇なぜ「ナッジ」?
「ナッジ(行動経済学)」とは、人の不合理な行動―「ついやりたくなる」あるいは「面倒なのでやらない」といったクセに着目し、強制せず選択の自由を残しながら、望ましい行動へと促すための考え方です。このクセに着目したちょっとした工夫=アイデアを施すことで、低いコストで高い効果を期待できます。
今回の尾瀬のトイレチップでは、以下のような制約があり、まさにナッジによる解決策が期待できる状況でした。
◆制約その1/予算ゼロ
今回、このための予算はないということで、ナッジの強みである「低コスト」が頼もしい限りです。田中さんとポリガレメンバーで知恵を絞り、アイデア勝負!
また、2021年度中に取組み、検証結果を出さなければならないという時間の制約もありました。
◆制約その2/強制できない
「そもそも、『チップ』や『協力金』というネーミングがよくない。『トイレ使用料』のように義務感のある名称に変えればいい」とか、「コインロッカーのように、お金を入れないと使えないトイレにすればよいのでは」という声も聞こえてきそうですが・・・
そこを簡単に変えられないのが、尾瀬国立公園の複雑なトイレ事情です。
園内には20カ所以上のトイレがありますが、その所有者はトイレによって異なり、県など自治体や民間団体、企業とさまざまなのです。今回、尾瀬保護財団が管理しているトイレも群馬県の県有施設であるため、名称を「使用料」などと変えて支払いを「義務」とするには、関連する条例改正などが必要になり、それなりに時間もかかります・・・。しかも、果たしてその手続きを経て名称を変えたところで、実際に払うようになるのか?効果は分かりませんよね。
「お金を払わないと使えないトイレにする」考えも、その工事費用をどこから捻出するか?また、たまたま100円玉を持っていなくて、トイレに入れない!となったらどうするのか?議論すべき点が多く、時間がかかりそうです・・・。
◆制約その3/一律回収もできない
チップ(100円)を払わない原因として、「小銭を持っていなかった」ということも大いにありそうです。
例えば、「トイレチケットとしてまとめて、あらかじめ1000円などで買ってもらい、一律回収する」とか、公園付近の駐車場では駐車代を回収しているので、「そこでついでに、一定のトイレ使用代も事前に集める」という案も出てきそうですが、これもできないのです・・・。
というのも、先述の通り、トイレ所有者はそれぞれ異なるので、トイレごとにチップが回収されなければ、不公平になりかねないためです。
上記のような、入園客がトイレチップを払う(または払わない)場面までの一連の行動から、払う行動を妨げている「フリクション(摩擦)」を洗い出し、ナッジ介入が使えそうなものを絞りました。そして、介入の内容を次の3種類①電子マネー、②表示名称の変更&一人一回100円の周知徹底、③投票形式 に決定。 後述のように、これらは、EAST(※)にも通じるところがあります。最後に、尾瀬保護財団が管理している山ノ鼻トイレ1カ所で実際に介入を行いました。
※EAST Easy, Attractive, Social, Timely(簡単・魅力的・社会規範に訴える・最適のタイミング)の略で、ナッジを取り入れて望ましい行動を実現させるために欠かせない考え方。
なお、ナッジ介入が最大限効果を発揮するよう、これまでトイレ施設でたくさん掲示されていた協力金呼び掛けチラシは、次の写真の通り、撤去しました。
◇3つのナッジ介入策とは
◆電子マネー(ペイペイ)
想定した入園客の行動:「払おうとしたら、小銭がない! あ、電子マネー対応だから大丈夫だ!」
介入の内容:ペイペイで簡単に支払えるようにする(EASTのE(easy)に対応)。
実施期間:2021年8月27日~9月14日(19日間)
◆表示名称の変更&一人一回100円の周知徹底
想定した入園客の行動:「トイレは有料なんだ!払わないと」「さっき払ったからいいわけじゃないのね」「他人の視線を感じるから、払わなきゃな・・・」
介入の内容:「チップ」の文字を小さくし支払いに対する義務感を持たせるとともに、ポスターで人の目の写真を添えつつ(EASTのS(social)に対応)一人一回100円であることを周知徹底する
※ 一方で、必要な情報が読みにくなることは、読み手が欺かれる可能性があるという倫理面の懸念も一般に存在します。本件は倫理面の検討も行いましたが、ナッジそのもの同様コンテクストに大きく左右されるため、本事例を参考にしていただく際には、その状況に合わせた倫理面の検討をされることをお勧めいたします。
実施期間:2021年9月15日~10月4日(20日間)
◇好きな尾瀬の風景写真を選んで投票する感覚の協力金箱
想定した入園客の行動:「尾瀬のきれいな写真が並んでる!ふむふむ、協力金を好きな写真のほうに入れるのか、おもしろい(トイレ有料なんだ~)。じゃあこっちの写真に入れよう!」
介入の内容:思わず楽しくチップを投じることができるよう、異なる2枚の尾瀬の風景写真を貼り付けた協力金箱を2つ設置。好きな写真が貼られた箱にチップを入れる投票形式(EASTのA(attractive)に対応)。
実施期間:2021年10月5日~10月24日(20日間)
◇効果の検証方法~EBPMの視点
ナッジ介入の効果の有無を検証するには、適切なデータ、エビデンスに基づくことが欠かせません。
まず、介入前後を比較するため、8月に何も介入していない山ノ鼻トイレの利用者数&チップ回収額のデータを集めました。さらに、「差分の差」も比較するため、介入中の同じ期間に、何も介入していないトイレと比較できるよう、山の鼻トイレから離れたところにある尾瀬沼トイレの利用者数&回収額のデータを集めました。
利用者数は、もともとトイレ施設に設置されているセンサーにより、人の出入りをカウントしたものです。
ポリガレのEBPMチーム、鈴木宏和さんがデータ分析を担当しました。
◇結果は…「人の目に効果あり」という仮説
分析の結果、表示名称変更&周知徹底(Plan3)で、介入前後の比較において、有意に支払額がプラスとなりました。
8月の介入前の数値(平均)では、一人あたりの支払い額が、男性29.6円、女性21.6円、全体24.8円でした。ポスター掲出期間中は、男性がプラス15.5円の45.1円、女性がプラス7.0円の28.6円、全体が10.0円プラスの34.8円でした。
ただ、ポスターと「トイレ(チップ)1回100円」(「チップ」のフォントサイズだけ極小にすることで、あたかも「トイレ1回100円」が義務であるかのようにみせる)と記載したチラシを同時に掲出していたので、正確にどちらが効果的だったのか、そこに焦点をあてたさらなる実証事業が必要です。
その他の介入の結果については、次の通りです。
◆電子マネー(ペイペイ)
数百人のトイレ利用者がいるなか、ペイペイで支払ったのは数人程度で、ほとんどいないような結果となりました。田中さんによると、低調だった理由として、▼そもそも尾瀬で電波が通じるキャリアがauに限られている▼尾瀬の入園客は60代を中心とする比較的高い年齢層であり、電子マネーアプリの利用者は多くないのかもーということが考えられるようです。
◆投票形式
女性では有意な変化は見られませんでしたが、男性で有意に減少しました。数値をみると、介入前と比べ、男性がマイナス8.6円の22.1円でした。
なぜ性別でこのような差が開いたのかは不明ですが、田中さんは「楽しむ気持ちで支払ってもらおうとした結果、『払わなければならない』という義務感が薄れたのかもしれない」と説明しています。逆説的に、「人の目」のような義務感、強制感が必要だということにつながるともいえるかもしれません。
◇「人の目」仮説を支持するもう一つのデータ
鈴木さんによると、過去のトイレ利用者数と協力金額のデータを分析したところ、観光客が多いシーズンに支払い額も増える、混雑していない時間帯には支払額が減るという傾向が見つかったそうです。つまり、トイレ利用者が多い=人の目が多いと、協力金を払う人が増えるのかも・・・ということで、やはり今後、介入策をさらに練っていく上でキーワードになるのは「人の目」と言えそうです。
◇更なる検証が必要
なお、更に正確な検証方法である「差分の差」分析の結果は、どれも有意ではなく、今回の結果はあくまで、今後の改善策を練る上でのヒントを得られたという形になりました。
鈴木さんによると、実施期間がそれぞれ20日間程度と短く、介入策の効果をより正確に見極めるためには、より長い期間設定であることが望ましいそうです。もっと理想をいうと、利用者の属性(年代など)や実際に個人が支払った金額などのデータを集めることができれば、さらに適切なナッジ介入策を見つけられる可能性が高まるということです。
◇2022年度もナッジ介入に挑戦!
年度末の今年3月下旬には、群馬県庁の職員の方々に、EBPMやナッジを解説するオンラインワークショップを開催しました。そこで早速、2022年度に展開するトイレチップ・ナッジ介入策について、アイデアを出し合いました!!22年度のトイレチップへの挑戦、ぜひご期待下さい。
(文・企画広報チーム 写真・田中さん提供)