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読書メモ『競争政策の経済学』(大橋 弘 日本経済新聞出版)

<本書の問題意識は、需要家の自由な意思にもとづく選択を確保する競争基盤が、人口減少とデジタル化によって揺るがされてはいないかという点にあった。>(「終章 ポストコロナ時代に求められる競争政策の視点」 p.300)

 わが国が世界に先駆けて突入した人口減少社会。市場が拡大しない中で、地方銀行など地域の生活経済を支える企業を生き残らせるための合併は是か非か。
 デジタル化が進む中で、AIアルゴリズムによる価格形成は消費者にとってプラスになるのかマイナスになるのか。その基盤を握るデジタルプラットフォーマー(DPF)が自らのプラットフォーム上でプレイヤーとして他のプレイヤーと競う場合にそれは公正な競争なのか。DPFから提供される選択肢は、ユーザーの意思に反して制限されたり、提供の仕方が自由な意思にもとづく選択を制約したりしていないか。
 そして新たな時代における日本の公正取引委員会をはじめとする行政機構のあり方は。

 競争政策という分野から世界の中での日本の地方を含む経済社会全体の問題に突っ込んでいき、日本の消費者の生活と日本の企業の存続と日本の行政のあり方を論じる本書の構成は、私たち一人ひとりの生活に直結する問題であることに加え、学問的にもそして政策論的にも冒険的なエンターテイメントの側面があった。

 「そうだよなあ」と膝を叩くところもあり、「なぜ日本は変われないのか」と悔しく思うところあり、デジタル化の波に乗っているようで情報に踊る自分の消費行動を反省するところあり(苦笑)。

 「本書で触れなかった論点」のうち、「競争政策と要素市場(特に労働市場)」は、特に本書を読んでいてもっと考えてみたく思ったところ。デジタル化が進んで、シェアリング経済やフリーランサーのマッチングサービスも急速に伸びた。

 買ったものでも使わなければメルカリに出品する。ちょっと売れそうだなと思ったものは購入してネットオークションで転売することも可能になった。
 さらに、新型コロナウイルス感染症の影響で否応なく進んだ感がある働き方改革は、テレワークを一定程度定着させ、ワーケーションという言葉も生み出した。そして、ウーバーイーツの配達員のような仕事(働き方?)も出現した。

 以前は、事業者も家に帰れば消費者であり、そういう意味で「生活者」として消費者の利益も考えるべきという議論があった。しかし今や、私はネットを通じて常に消費者でもあり事業主でもあり従業員でもありうるのだ。

 タイトル画面には「FAIR TRADE」で検索した画像を使用した。ここにはくしくも「CONSUMER PROTECTION」という伝統的な競争政策の概念が掲げられているが、いまやデジタルネットワークでつながった地球の中で、一人ひとりがプレイヤーとして地球というエコシステムをどう持続可能なものにするかも考えなければならない時代だ。

 競争政策=消費者保護という視点だけだと、かえって人々、我々の生活の糧を奪い、エコシステムを破壊してしまうかもしれない。

 まだまだ考え書いてみたいことはあるが、「競争政策の経済学」の続編を楽しみにいったんここで筆をおきたい。以下、印象的だった文言をいくつか引用しておく。

「企業の事業環境を守るのは主務官庁(例えば、建設業であれば国土交通省)の『産業政策』であることを考えると、公取委の『競争政策』の執行と主務官庁の『産業政策』の運用を競わせる中で、両者のリバランスを考えるのが現実的ではないだろうか」(「第6章 人口減少局面に求めあれる企業合併の視点」 p.212)

「政策効果の検証を必須とする政策立案をいかに行政プロセスのなかに根づかせていくか、行政の体質転換を求めていくべきだろう。」(「第7章 競争政策と産業政策の新たな関係」p.244)

「従来の独禁法の審査手法は、例えば談合のように、密室で被疑者を泣き落として自白させることで情報を取るというような形が主だったが、社会経済のデジタル化が進展する中で、DPF企業からいかにデータを入手して取引実態を解明するかといった審査手法に急速に移行している。」(「第9章 デジタル・プラットフォームと共同規制」 p.295)

「ビジネスの感覚と比較して裁判には時間がかかりすぎるためか、日本では企業が法廷で競争政策の判断を争うことは数少ない。こうした点が、俗にいう公取委中心主義による競争政策運営を生み出し、客観性を持つ確度の高い独禁法の法執行の判断にかかる情報が過少供給となってきたと思われる。」(「終章 ポストコロナ時代に求められる競争政策の視点」 p.303)


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