「クソくらえなルールを変えるのは、君だ。」「政策起業家」出版記念対談イベント開催報告
官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響力を与える個人のことを「政策起業家」と呼びます。
PEPコアメンバーでもある認定NPO法人フローレンス代表理事 駒崎弘樹さんが1月に刊行した『政策起業家―「普通のあなた」が社会のルールを変える方法』の出版を記念して、認定NPO法人フローレンスとPEPの共催対談イベントを開催しましたのでご報告します。
同イベントでは、「誰もが政策起業家になりえる」というテーマで、著者である駒崎弘樹さんと夫婦別姓制度や働き方改革に携わる政策起業家である青野慶久さん(サイボウズ株式会社 代表取締役社長)との対談形式で、PEPプログラム・ディレクターの向山淳API主任研究員がファシリテーターとしてお話を伺いました。どうすれば「政策起業家」としての一歩を踏み出せるのか、どのように社会課題を政策につなげていくことができるのか等について、事例を交えながらの議論を行いました。
2022年2月10日開催の当イベントより内容の一部をお届けします。
※本イベントは視聴者からのリアルタイムの質問にもお答えしています。
登壇者:(敬称略)
・駒崎 弘樹(認定NPO法人フローレンス代表理事)
・青野 慶久(サイボウズ代表取締役社長)
ファシリテーター:
・向山 淳(アジア・パシフィック・イニシアティブ 主席研究員)
なぜ今「政策起業家」が必要か
まず、駒崎さんに「政策起業家」とは何か、なぜ今必要なのかをお伺いしました。
昨今「ブラック霞が関」と言われているように、中央省庁は業務過多の状態にあります。また家族や働き方のあり方の多様化に伴い、昭和期に様々な形で国民を代表していた経営者団体や労働組合も国民の声を届けにくくなっています。近年は飛躍的に進化するテクノロジーも飛躍的に進化していて、今ある法律で対応できない範囲が増えています。
政治家や官僚だけでは社会に溢れる課題のすべてに目を向けることができず、見過ごされてしまうものもあります。このような現状を打破すべく立ち上がるのが、民間から制度や政策を変えていく「政策起業家」です。
駒崎さんは、政治家ではなく民間の立場から政策起業をすることのメリットについて、
首相が誰でも、与党がどこの党であっても、さらには与党内でどの派閥が主流であっても、自分が取り組みたい課題に取り組むことができること
と言います。
こうした考えをもとに、政策起業家として10以上の法律と制度を変えてきた、まさにシリアル・ポリシー・アントレプレナー(連続政策起業家)とも言える駒崎さん。政策起業の事例として、ご自身が待機児童問題を解決するために取り組んだ小規模保育園の創設とそのプロセスについても説明しました。
経営者の立場から「政策を起業」する
社内のワークスタイル変革を推進し、離職率を10分の1に減らすとともに、三児の父として三度の育児休暇を取得したサイボウズ株式会社の青野社長からも、政策起業家としての経験が語られました。
青野社長は、選択的夫婦別姓の実現・男性の育児参加への呼びかけ・モデル就業規則の副業禁止の規定の削除などの働き方改革への取り組み・社会のDX化に向けたツールの提供など、社会問題解決のためのご自身の活動を紹介しました。
同じく、「政治家ではなくてなぜ政策起業家?」という問いに対しては、
公共のために課題を解決するべく議論している時点で既に政治家だと思っている。ソフトウェア企業の社長として外側から物事を進めるってイケてるじゃないですか!
と明快に説明してくれました。
その上で、駒崎さんから青野さんに、「経営者として政治性の高い社会問題解決に取り組むことは、批判を受ける恐れがあるにもかかわらず、なぜ社会をより良くするために、リスクを恐れず積極的に行動できるのか」という質問が投げかけられました。
この質問に対して青野社長は、世の中には多くの困っている人がいる一方で、その声が政治家の耳に入ってこないことが多いことを指摘した上で、
男性で経営者という立場の者が立ち上がると影響力があると述べ、困っている人たちの声を届けるためにも、表に立つしかないという思いから『戦う経営者』として行動している
と語られました。
仲間とともに、バトンをつなぐ
これまで民間の立場から数々の社会問題に取り組んできたお二人ですが、たった一人で政策を押し進めて来たのではなく、仲間の存在が非常に重要であることを強調しました。
政策起業には、多くの場合、長い年月を要します。駒崎さんは、医療的ケア児者家庭への支援拡充の実現のための最初の取り組みから、2021年6月に医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(医療的ケア児支援法)が可決され、国や地方自治体が医療的ケア児の支援を行うことが義務付けられるまでに7年間かかったと説明します。
また、青野社長が取り組んできた選択的夫婦別姓制をめぐる違憲訴訟は、2021年に最高裁判所で敗訴が確定し、未だに選択的夫婦別姓は認められていません。青野社長は、ご自身が活動を始めるまでには長い流れについて「バトンを受け取って走っているという感覚」と表現します。「受け取ったからには、活動を応援してくれている仲間のためにもゴールしなければならない」という義務感があることを明かし、今後も訴え続けると表明しました。
一筋縄ではいかない政策起業を粘り強く実現する上で重要なのは、支え合い、相談することのできる仲間です。お二人は、自分の持っている課題意識、実現したい政策をSNSなどのツールを通して自ら発信することで仲間を募っているそうです。
一方で、仲間の全員が同じ方向を向いているわけではないことも多々あります。特に、政策の中身が具体化すればするほど、それぞれの方向性に細かな違いが目立ってきます。青野社長が取り組んできた選択的夫婦別姓問題についても、仲間の間で民法や戸籍法の改正案を考える上でアプローチに差異があったといいます。
この点に対処するために、二人は以下のようなポイントを提示しました。
・様々なアプローチがあって良いという考えを前提にするべき
・妥協できるところは妥協して進めていくのが大事
・同じ目的を持っているのに手法の相違で互いに攻撃し合うことは、政策をて進めたくない人の思うつぼになってしまいまう
・批判はし合っても、攻撃はし合わないという基本姿勢が重要
・細かな違いがありながらもより包摂的な志向を持つことがウィングの広いムーブメントを作り、政策起業を行っていく上で重要
「政策の窓」が開くとき
では、どのような時に政策が実現するのでしょうか。駒崎さんは、政策が変わるタイミングを「政策の窓*」が開くときであると表現し、以下のように語りました。
『政策の窓』がいつ開くのかは予測しにくいのですが、定期的に開く瞬間があります。それが選挙です。選挙前は政治家は必ず話を聞いてくれる。あとは、事件や事故などのイベントがあったときなども同様です。『政策の窓』が開くタイミングは読めないけれども、これは開くな、と思ったときは果敢に打ち込んでいくことが重要です。
*政策の窓とは:Agendas, Alternatives, and Public Policies(1984)においてJohn W. Kingdonが提唱。Kingdonは大きく分けて三つのストリーム(①問題ストリーム②政策ストリーム③政治ストリーム)があり、それら全てががうまくカップリングしたときに政策課題がアジェンダリストに載る、又は政策案が審議される機運が高まり、政策変更の好機であると考えた。
駒崎さんは、大きく二つ、政策の窓が開くタイミングについて説明してくれました。
選挙の時
選挙時は、政治家は積極的に有権者の声を拾い上げて公約に反映していきます。このタイミングを利用して自らの問題意識や政策提言を公約に入れるように働きかけるのが重要になります。その中でも特に、地方自治は首長と地方議会の二元代表制を採用しているため、選挙での首長の交代を機に政治課題が一気に解決することがあると続けました。また地方議員へのアクセスは国会議員よりも容易であるため、政策起業を実施する上で大きなチャンスであるといえます。
大きな事件や事故、変化が起きた時
もう一つの「政策の窓」が開くタイミングとして挙げられたのが、外部的な要因、つまり、何か大きな事件や事故などが起きた時です。例えば、これまで実現の気配がなかったオンライン診療がコロナ禍で進んだことを例に挙げました。
これらの他に、「世論を通じて『政策の窓』を開ける」というアプローチについても議論されました。駒崎さんは、2016年に保育園の抽選に漏れたことへの不満を綴ったブログが国会審議で取り上げられ、待機児童問題が政治的な話題を呼んだといったケースを例に挙げて説明しました。インターネットやSNSでのたった一つの発信を通して、世論の関心を集めることができ、政治課題として認識されることで「政策の窓」が開くことを主張しました。
さらに青野社長は、政策起業を行う上で世論を形成することがいかに重要であるかについて、以下の自身の経験を基に主張しました。
例えば夫婦別姓問題は、国会議員の間ではイデオロギー対立になっています。世論を先に動かして賛成多数になれば、国会議員が選挙で落とされるかもと気にするので、先に世論を動かそうと思いました。
「政策の窓」を開くための政治家・官僚・世論などへの働きかけは、必ずしも一様ではありません。二人の経験では、例えば、政治家に対してはナラティブ・ストーリーで説得し、官僚に対しては前例やデータを示すことで、課題の認識や政策の必要性を訴えることが効果的と指摘します。世論に対しては、SNSを駆使して地道に「ネット世論」を「マス世論」に変換していくことが必要となります。特に世論にムーブメントを起こす上でのポイントについて、青野社長はサイボウズで掲載した広告を例に以下のように説明しました。
コロナ第1波の2020年2月に、コロナで発熱している中で出勤する官僚がいるというニュースを見て、『がんばるな、ニッポン。』という広告を出しました。オリンピックの開催が同じ年の夏に迫る中で『がんばれ!ニッポン!』というメッセージがちょうど出ていた中でタイミングを重ねたので、注目を集めました。タイミングは待っていて来るものではないですが、いざ来た時のために、普段から引き出しは多く作っています。
誰でも「政策起業家」になれる
対談中、視聴者の方から「駒崎さんや青野さんのような方がもっといれば良いのに」という声が挙がりました。これは登壇者のお二人に限らず、政策起業家として活躍される多くの方が貰うコメントの一つです。
これに対して青野社長は叫びます。
日本が変わらないのは、あなたが変わらないからなんです!
続けて駒崎さんは、率先して改革を行うリーダーを待つのではなく、一人ひとりが立ち上がり声を挙げることで、社会全体で同時多発的に課題解決に取り組むことができると主張しました。
青野社長は、「政策の窓」を開ける政策起業家となるには、住んでいる地域や今の社会的な地位などは問われず、その方法は意外と身近にあると述べました。一つの方法として、青野社長は以下のように提案します。
立候補するという選択肢を引き出しとして持っていて欲しいです。比較的当選しやすい区議や市議会議員から始め、市長や区長に異議を申し立てることが重要です。本当に変えたいと思うのであれば、是非チャレンジしてもらいたいと思います。
また、駒崎さんは、フローレンスの一社員「普通のママ」の事例を挙げ、「誰でも政策起業家になれる」ことを訴えました。彼女は多胎育児(双子、三つ子などの子育て)に困難を抱える幼馴染の状況を目の当たりにし、そこで生まれた問題意識から全国に対してネット上でアンケートを行って問題を可視化。さらに、データを基に政治家に連絡を取り、都知事に直接多胎育児の課題と政策提言をしました。結果、これまで乗ることができなくて当たり前だった双子ベビーカーを公共バスに乗せることができるようになったのです。
誰にでも可能性はあると思います。思いを持った人々が政策起業というツールを使って社会をもっと変えていくことが出来ると良いと思います。だからこそ、『クソくらえなルールを変えるのは君だ』という精神で社会を変えていけたらと思っています。
最後に:新しい当たり前を作りたい
官公庁と民間企業との間で人材が流動化する「リボルビングドア」の仕組みが謳われ、よりオープンで官民が連携した政策づくりの気運も高まる中、最後に、お二人に10年後の理想像を聞きました。
駒崎さんは、「新しい当たり前」を作ること、として3つの理想像を提起します。
児童虐待という概念がない世界を作るために、孤立しない子育てができる環境を提供する「皆の保育園」という当たり前を作ること。
これまで交わりのなかったITと福祉を掛け合わせるという当たり前を作ること。
そして、最後が「政策起業家」というあり方を当たり前にすること。
「社会起業家」という言葉が広がる前は、NPOでの活動は本業ではなく、二次的なボランティアのように扱われることを経験していた駒崎さんは、以下のように説明します。
かつては官僚や政治家でないと政策に関われないものでしたが、『政策起業家』という言葉が広まり、民間から、外から政策に携わることで実現できるのだということを当たり前にしていけば、民主主義を新しいフェーズに持っていくことができると思います。
4年に1度の選挙で投票に参加することでしか、制度や政策を変えることができないなんて、あるべきではありません。どのような職業に就いていても、どこにいても、絶え間なく政策づくりに携わることができることこそが、民主主義の理想であると思います。
続いて青野社長は、政治家や官僚に政策づくりの全てを任せるのではなく、困っている人々が自ら政策起業家として声を挙げることの重要性を強調し、以下のように説明しました。
色んな人がいるから色んな情報が入ってくる。国会議員なんて皆同じような行動をしていて、彼らに見えていない世界が沢山あります。主婦から、障害を持っている方まで、色んな人が政策起業家としてネットワークを創った時のダイナミズムはすごいと思いますね。政策起業家が100万人単位で出てくれば、この国は変わると思います。
*****
お二人は、より良い社会を子どもたちの世代に残すことを目指して、不条理なルールを変えるために戦い続けています。
「人が作ったルールなのだから、人が変えられないはずがない」
世の中を良い方向に導くために、皆で政策起業家になり、皆でルールを変えていくための第一歩を踏み出してほしい。第一線で戦う政策起業家としての駒崎さんと青野社長の熱い願いが強く伝えられました。
ファシリテーターを務めた向山研究員が随所で述べていたように、PEP(政策起業家プラットフォーム)が、社会をより良くしたいという志を持ち、様々な立場から政策にアプローチする人々が繋がり仲間として協力することにより、インパクトのある政策実現を主導していくことができる環境となることを願っています。
執筆:浅見凜(アジア・パシフィック・イニシアティブ PEPインターン)
企画・編集:向山淳(アジア・パシフィック・イニシアティブ主任研究員 / PEPプログラムディレクター)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?