ANOTHER STORIES OF RED LINE ―― 『RED LINE SIMON シモン』
※この記事は、ゲームマーケット2021秋に発売した、「RED LINE OFFICIAL BOOK」内のコンテンツ「ANOTHER STORIES OF RED LINE 『RED LINE SIMON シモン』」です。
記事単体でも購入できますが、マガジンでの購入がお買い得でおすすめです。
※文章内にはネタバレを含む部分がございます。
必ず、『POLARIS-01: RED LINE』をプレイしたうえでお読みください。
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ANOTHER STORIES OF RED LINE
ストーリーゲームレーベル POLARIS の記念すべき第一弾『RED LINE』。
シナリオの鈴木禄之による、『RED LINE』のアナザーストーリーをお届けします。
ある『吸血鬼』の記憶
「なにか心配事ですか?」
血液採取を終えたあと、自分で袖を戻しながら彼がぽつりと言った。返答に窮す私に、彼はくすっと笑ってみせる。
「マスターは、結構顔に出やすい人ですよ」
「それは……気づかなかったな」
横になる彼の体に布団をかけ、薬や器具を戸棚へとしまう。
「なに、少し感傷に浸っていただけだよ」
自室の床下に隠された薄暗い部屋。吊り下げられた数個の電球が、室内の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。窓のない簡素な洋室に、3床のベッドと、いくつかの大仰な実験機材が置かれている。様々な薬品とアルコール、そして埃の臭いが漂う陰気な場所だ。せめても、と思って置いたいくつかの造花やフェイクグリーンが、かえって混沌とした雰囲気を演出してしまっている。我ながら、ひどいセンスだ。
「……すまなかったね。こんな薄暗い場所に何か月も」
「謝らないで下さい。マスターが匿ってくれなかったら、僕たちはとっくに『吸血鬼狩り』に殺されていました。それに」
彼は電球をじっと見つめると、
「夜明け前が暗いほど、太陽は有難いんですよ、たぶん」
そう言って眼を閉じた。しばらくして、小さな寝息が聞こえくる。
数日前まで『吸血鬼』だった彼らの体からは、今は人間の匂いがしていた。
「おやすみ。明日になったら……共に陽の光を浴びよう」
床下から部屋へと戻り、眠りについた同胞たちへ手紙を書いた。彼らの協力がなければ『薬』は完成しなかっただろう。別の種族に生まれ変わる。簡単な決断ではなかったはずだ。私の理想に共感し、力を貸してくれた彼らには感謝しかない。
そうだ。『吸血鬼』が『吸血鬼』でなくなる。全ての者がそれを彼らのように受け入れるはずがない。私の計画は種族への裏切りであり、独りよがりのテロだ。それでも。それでも私はこのテロ行為を「するべきこと」だと考えた。
『吸血鬼』の行く末は袋小路だ。多くの同胞の死を目の当たりにしてきたからこそ、そう言える。戦力差は歴然。抵抗を試みた所で、いずれ一人残らず殺し尽くされるだろう。
その前にこの手で決着をつける。始祖として、私がやる。そう心に決めていた。
だが。最後の最後で私は足を止めた。
マリアとアラン。2人の関係を知り、かつてレイジたちに見出した希望を、あえなく砕け散った未来の形を、再び目の当たりにした。
「そっちに、道はあるのか?」
この数日、幾度となく自分に問いかけた。答えが私の中にないのは分かっている。空っぽの洞の中に、声をむなしく反響させているだけに過ぎない。
だから誰かの答えを聞きたいのだ。彼らの選択を待ちたいのだ。
ヤナギ。エリイ。レイジ。マリア。そしてアラン。
立場も、種族さえも一色ではない彼らに、私の背中を押してほしい。最後の一歩をどちらに踏み出すべきかを教えてほしい。
数世紀を生きた頑固で哀れな老人は、最後の最後に、他者に委ねることにしたのだ。
まったく。滑稽な話だ。
あと数時間で全てが決まる。私はテーブルに置かれた『薬』を1本手に取った。彼らの選択がどうであれ、私はこの『薬』を自分に使う。老いた思想家はいい加減、舞台を降りるべきだ。何より……私自身が夜を生きることに疲れてしまった。
「私は、まったく、自分勝手な生き物だな」
「いまさら気づいたの?」
どこから現れたのか。背後に立っていた少女が退屈そうに言った。
「心を決めてお越しください…あんなこと招待状に書いておいて、自分が一番揺れてるんだから。ほんとお笑い」
ローザは嫌味な笑みを口の端に称え、あなたの肩にしな垂れかかってきた。
「怒ってる?あたしが死んだふりなんかしなければ、みんなもう少し落ち着いていたかもしれないもんね」
ふふ、と吐息をこぼすように笑う彼女に、私は淡々と答える。
「いずれ選択を迫られていた。キミの行動は、それをほんの少し早めたに過ぎないよ」
むかつく、と吐き捨てて彼女はテーブルの上に腰かけた。
「ま、人間が死のうが吸血鬼が死のうが、あたしはもうどうでもいいんだよねぇ。ずっと表に出ずに生きてきたし、別に親しい奴もいない。ねえ、そう考えると、始祖だって名乗り出なかったあたしが、一番始祖っぽくない?影に潜む実力者、って感じで」
「よく喋るね、今日は」
ふん、と鼻を鳴らしたローザは、マイクを握るようなジェスチャーをして、私の口元に拳を突き出す。
「偉大な始祖から一転、老いてやせ細ったただの人間になる気分はどうですかぁ?」
息もつかず、彼女は続ける。
「最低最悪のテロリストとして、恨まれるかもしれない。殺されるかもしれない。気分は?」
彼女の眼を見る。底意地の悪い口調とは裏腹に、その美しい瞳の奥に憂いが覗いていた。彼女も私と同じ、不安なのだ。岐路に立たされ、寄る辺もない。
私は突き出された彼女の拳を包むように手を添えた。小さく冷たい彼女の手は、微動だにせず、ただそこにあった。
「ありがとう。何百年も。キミがずっと近くにいてくれて、良かった」
彼女はばつが悪そうに視線を外すと、私の手を振り払った。
「つまんない」
「ローザ」
背を向けた彼女に呼びかける。
「同じ始祖として、最後に一つ。頼まれてくれないか」
十九時過ぎ。
店に皆が集まったのだろう。扉の向こうから、進行役を請け負ってくれたローザの甲高い声が聞こえる。
そういえば、始祖の中であれだけ変身術を使いこなせる者は、今では彼女しかいない。コウモリでも、死体でも、彼女はなりたい姿になれる。うらやましい話だ。
昔は私も色々な動物に変身したものだ。そうやって、『吸血鬼狩り』から逃げていた。
懐かしい記憶だ。
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