見出し画像

ESTPの佐倉杏子による自業自得の人生哲学

美少女アニメの皮を被ったツァラトゥストラ

ここ最近、note にアニメネタを書くようになってからは特にアニメを観るときにMBTIのタイプを確認しながら見る事が楽しみしょうがない。

ようやく、重い鬱アニメの代表格である『魔法少女まどかマギカ』を履修したわけです。

美少女アニメ、鬱アニメと思って観たらびっくり、これニーチェで草

時間遡行とループでおや?と思い、佐倉杏子の思想でおやおや?と思い、劇場版の『Gott ist tot (神は死んだ)』で確信を得た。

素晴らしい提案をしよう、お前もニヒリストにならないか?

この作品、希望を祈る分だけ、絶望が比例して増えるクソ仕様になっていましてね

絶望しないための1つの方法が、希望を捨てれば良いって事になるんですよ

そうだよ、自業自得にしちゃえばいいのさ~!自分のためにだけ生きてれば、何もかも自分のせいだ。誰を怨むことも無いし、後悔なんてある訳がない。

アンタも開き直って好き勝手にやればいい。自業自得の人生をさ。

『魔法少女まどかマギカ』第7話より

これは登場人物である佐倉杏子(ESTP)が同じ魔法少女の後輩である美樹さやか(ESFP ※諸説あり)に放った言葉です

分からない人の為に、ちょっと背景を説明しましょうか

美樹さやか

願い(希望)
好きな男の子の不治の傷を奇跡で治したい!

対価(絶望)
好きな人が別の人とくっつきそうになる

佐倉杏子

願い
神父である父の言葉に耳を傾けて貰う

対価
父の説教が魔法によって聞かされていただけであると、父が気付いて太宰治ムーブかます。

こんな感じで、人のために魔法を使ってロクなことにならなかった

厳密に言えば人の事情を知らず、自分のエゴにも気付かずに人を救おうとして、勝手に期待して、勝手に裏切られた訳です。

そうなったら、あるいはその事実に気づいだから人の為ではなく、自分のために魔法を使おうと杏子は決心した。

杏子にとってさやかはかつての自分と同じ境遇にいるから余計に気になる。

だから、杏子は素晴らしい提案を持ちかける
同じ轍を踏ませないために

「お前も自分のためだけに生きないか?」

杏子の父は僧でもなければ、ウラマーでもない、神父とされている。おそらく明言されてはいないが杏子の実家は明らかに教会の形をしており、モデルはキリスト教(カトリック)とする説が有力です。

ここで注目して欲しいのは、渡したのがリンゴという事

西ヨーロッパではリンゴはラテン語の「malus (邪悪な)」という形容詞の誤読から禁断の果実とされている説が存在している。

神に追放される事になった、禁断の果実を差し出したのは偶然でしょうか?

意図ありそうですよねぇ

自己責任とニヒリズムの始まり

父の言葉に耳を傾けて貰えず、奇跡を願った事によって一家は崩壊というクソみたいな仕打ちを受けた杏子

信じても救われない、死後の救済や奇蹟などそう簡単に存在しない

それは奇跡や神の存在が弱者の作り出した幻想に過ぎない事実に直面する事を意味する訳です。

では、神が消え、これまで信じていた事が全く無意味だと分かり、天国もなく救われない人生に意味があるのだろうか?

ここが美樹さやかと佐倉杏子の大きな分岐点になりました。

能動的ニヒリズムとルサンチマン

一切の意味を見失った杏子は、魔法少女になった際に得た力を使用して、支払った対価以上のメリットを得ようと、自業自得の人生を開始します。
アニメでの彼女発言を借りるなら「おつり」を得ようとしました。

一切が無意味であるならいっそ開き直って、自分で全部ルールを決めて自分が幸せになるように生きればいい。

これは能動的ニヒリズムの考え方に似ています。あれだけの仕打ちを受けて絶望せずに生きる事が出来たのはこの発想の影響は大きいと私は思います。

一方、美樹さやかはニヒリズムの誘いを拒否しました。決して自分のために力を使うことを止めて、他者ためにのみ使う事に固執していきます。

あまり尊い自己犠牲、献身の精神で、本来であれば人類は彼女の方こそを見習うべきかもしれません。
その優しさが、無意識のうちに見返りを求めていないのであれば。

この無意識のうちにという点が非常に厄介で、本人は求めていない「つもり」でも本音では求めてしまう事がほとんどです。

見返りを求めてしまえば、それは自分を犠牲にした分の救済を欲してしまう事に繋がります。

だが、現実、少なくともまどマギ世界においては決して救われる事はないわけです。そうして裏切られた期待や救済はやがて怨嗟に変わります。

それが決定的になったのがホスピタリティ2人組の会話をさやかが聞いた瞬間でした。

ホスト「いや〜、ほんと女は人間扱いしちゃダメっすね。犬かなんかだと思って躾けないとね。アイツもそれで喜んでるわけだし。顔殴るぞって脅せば、まず大抵は黙りますもんね」

ホスト達はキャバ嬢にいかに貢がせ、使い捨てにするかを深夜の電車内で語り合っており、それをたまたま聞いてしまったさやか

直前に「見返りも感謝も求めず他人の為に戦う」と言う覚悟を決めていたさやかにとって、その理念がどういうことなのかを、これ以上なく残酷に突きつけられる事になりました。

そして、自分が悪徳ホストに貢ぐ駄目女と何も変わらないことに気付かされ絶望し、遂に他者を恨み傷つけるルサンチマンへ・・・。

祈りと懺悔、十字架と槍 神は死んだのか

魔女になった美樹さやかにとどめを刺すために杏子は自分の命を投げうって特攻を仕掛ける。

そのプロセスのかなり特徴的で、祈りか懺悔のポーズの後、十字架のようなジュエルに口付けをした後、十字架の宝石はキリストを殺害した槍へと変わる。

神無き世界で、杏子自らが神の代わりとなって、さやかに救済として、一緒に死ぬ事を選択したのだろうか

最後の最後で利他的な精神へ戻ったのかもしれないし、自分がそうしたかったから選択したのかもしれない、それは分からないが

見返りを自覚して、自分の選択によって他者を助ける

ただ、他者を助けてようとしたさやかはかつての自分と重なったのかもしれない。

自分には出来なかった事をして欲しい願いや、誰にも理解されず、救われないで一人ぼっちでいる事の辛さを誰よりも分かっていたのかもしれない。

 自らの意志で、命を賭して最期に他者を助ける
きっとそれは杏子にとっての、自分で作り出した最期の救い
魔女少女として生きた上に得た、お釣りだった

そうであればいいと私は思います。



いいなと思ったら応援しよう!