これは新たな宗教体験? これぞ美術体験? そもそも垣根のないものなのか?
「真っ暗になる瞬間があります。その際は動かないでください」
『仏像×田根剛』のインスタレーションが展示されている空間に入る前のことだ。真っ暗になる瞬間?! お化け屋敷に入る前のドキドキワクワクを思い出しつつ、人数制限のために少しだけ待機する。
国立新美術館で開催されている「古典×現代2020―時空を超える日本のアート」は江戸時代以前の名品と、8人の現代作家たちの作品をペアにして紹介されている。対比して見ることで単独で見る時とは違う新たな発見ができる企画展だ。
『仏像×田根剛』はその一つである。建築家の田根剛は、滋賀県の西明寺にある日光菩薩立像と月光菩薩立像に出会い、菩薩像と人々との関わりの歴史をリサーチし、2躰の菩薩像と対話を重ねたという。そこで生み出されたインスタレーションが展示されている。
いざ入ってみると、広い空間に2躰の菩薩像が並んでいる。暗くてよく見えない。間も無く真っ暗になった。横に何かが存在するのかさえ見えないほど真っ暗闇だ。「動かないでください」と言われたが何となく手を泳がせてしまった。これ程の暗闇を体験したのはいつぶりだろう。
暗闇の中からいくつかの光が出現し徐々に菩薩像を照らしていく。その間、2躰の菩薩像を見上げながら前面から側面、背面を歩いてみる。声明(しょうみょう)も聞こえている。仏教の音楽だ。京都大原の寺で初めて耳にした時から無性に惹かれる響きだ。都会の美術館で耳にする声明も鮮烈な響きに遜色ない。
この空間から去りがたくなった。これは新たな宗教体験なのか? これぞ美術体験なのか? そもそも垣根のないものなのか?
日光菩薩は太陽の光で苦しみの闇を消し、月光菩薩は月の光で煩悩を消すのだそうだ。古来から人々に光を照らしてきた日光・月光菩薩に対して、人工的に光を照らすという逆説的な行為(インスタレーション)をとおして、古の人々がしばし手を合わせてきたことを身近に感じることができた。自らもその流れに合流し、時代を超えはるか遠くまで突き抜けるような感覚を味わった。