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「ちゅうがえり」は潜んでいる匂いを引きずりだす挑戦状だ

「美術館へ行ってくるね!」

明るく言い放ち、父の世話は母に任せっきりで外出だ。

コロナ対策で3ヶ月くらい閉じていた美術館が予約制で再開を始めている。現状、予約枠以下の数の人しか館内にはいない気がする。空いている。美術ファンにとっては、ひんやりとしてがらんとした建築空間をぶらぶらと歩くこと、そして、本物の作品を観ることで五感が揺さぶられることを全身全霊で満喫できる。

先日は、京橋にあるアーティゾン美術館へ行ってきた。旧ブリジストン美術館がリニューアルオープンした。旧ブリジストン美術館といえば、青木繁やモネ、セザンヌ、クレーなど近代絵画の巨匠たちの作品に触れることができる古き良き教養の場という印象がつよかった。

アーティゾン美術館となり、なんと、鴻池朋子という現代作家の展覧会が開催されている。まさか現代作家が登場するとは驚いた。どうやらこの美術館では今後も「ジャム・セッション」と称して、石橋財団コレクションと現代美術家の共演という企てが始まるようである。

今回の展覧会には、「鴻池朋子 ちゅうがえり」というタイトルがついている。どんな意味が込められているのだろう? 飛び上がって、回転して、着地する。ちゅうがえりの感覚ってどんなだっけ? ジャンプしてみた。天に向かって胸を広げ、空気をたくさん吸い込み、縮こまった身体の中にすき間ができた気がした。そこから回転して、着地するには、きっと、アザだらけ、傷だらけ……。

話は変わるが、以前わたしは日本の近代化が始まった頃の発明を大量に見ていたことがある。江戸時代から明治時代となり人々の生活に否応なしに近代化が始まった激動の時代である。発明情報からは変化する人々の生活をより良くしていこうとする発明者の心意気が伝わってきて、こちらの心も熱くなったのを覚えている。

その中にブリジストン創業に関わる石橋徳次郎氏の発明を見つけたことがあった(特明5364)。以下のサイト(特許情報プラットフォーム)に5364と入れればその発明を見ることができるのでぜひ試してみてほしい。

靴のかかとをゴムにする発明だった。ブリジストンの前身である足袋屋さんの頃の発明だ。底をゴムにすることで、歩行の際に滑りにくく、かかとのあたりを柔らかにし、軽量化が考えられられていた。

当時の新素材であったゴムに着目し、新たな乗り物であった自動車に着目し、自動車に欠かせないゴム製品であるタイヤに着目し、タイヤを事業とする会社が創業されたわけだ。華麗なる展開力だ。

展覧会に話をもどそう。この展覧会のタイトル「鴻池朋子 ちゅうがえり」とは、革新の創造活動のことかもしれない。ジャンプして、回転して、着地する。着地が決まれば、大成功。今まで見たことないような回転であれば、着地は一層難しくなる。華麗なる着地の確率は千に三つだろうか。ほとんどは、アザだらけ、傷だらけの失敗だろう。

それでも「ちゅうがえり」を続けるよ! 鴻池朋子とアーティゾン美術館の声が聞こえてきた気がした。

今回のジャム・セッションにおけるブリジストン財団からの挑戦状とも言えるだろう作品はギュスターヴ・クールベ「雪の中を駆ける鹿」だ。獲物を追っているのか追われているのか、雪山を疾走する鹿が描かれている。雪の白、遠くに眺める海の青の静謐な背景に、茶色い毛皮の質感が映える。全体に穏やかで静かさを感じさせる絵だ。

しかし今回はそこに、血の匂いを感じた。躍動する生命の匂いだ。血はどこにも描かれていない。そんな生臭さを感じさせる絵ではない。鴻池朋子とのジャム・セッションにより引きずり出された匂いだと思う。絵の中に潜んでいたのだ。

きっとわたしの身近にある物や人、わたし自身についても同様なのだろう。一見ではあらわれていない匂いが潜んでいる。そんな匂いをひきづり出してみたという欲望がむくむくと湧いてきた。それも創造だ。

そうだ、アーティゾン美術館と鴻池朋子の試みの真似をして、わたし財団コレクションの中から一つ選んでみることにしようか。そしてわたしの「ちゅうがえり」を仕掛けてみよう。一人セッションもありだよね。


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