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解釈と暴力

どうも、Pokkeです

最近、それぞれの"都合の良い解釈"による
暴力のようなものを目の当たりにする機会が連続し

なんだか疲れてしまった

例えるならばそうだな、

目の前のコップに水が入っていて
綺麗だなとそれを眺めていたら
何らかの力が働いて
コップが倒れ、水がこぼれた

この事象に対し

「お前が見ていたんだ、お前がこぼしたに違いない」
「こぼれそうだとわかっていてなぜ対策しなかった」
「こぼれたのは事実だ、水は補充しろ」
「こぼれた水は拭いておけよ。コップはこちらがもらっていく」
「こぼしてかわいそうだね、こちらにはたくさんのコップと水道があるから困らないけれど」
「水を汲んだ人の気持ちになれ」
「見ていただけでコップが倒れた!悪魔の力だ!」

そんな感じ

違うんだけどなぁと思いつつも
黙って片付ければ事は済むし
しゃーない、ここはオレが片付けよ
ってかんじ

まぁこのように生きてきたために
普段から都合のよい扱いをされるのは慣れていて
仕方ない
そして事実を伝えない自分が悪い

しかしこのままでは
気が済まない自分も居て

この際コップを破壊しようか
水を拭かずに放置しようか

思いがよぎるわけです

だけど多分結局
またそっと水を汲みなおしては

綺麗だな、と思うんだろうなって

はて、なにがいいたいのかさっぱりわからん

とりあえずまとまらないくらいには
疲れているらしい

今日はすこしゆっくりしよう

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