令和時代のガイドの役割とは? 世界遺産・日本遺産の語り部と考える旅のカタチPart1
本記事は、世界遺産・日本遺産の語り部として有名な黒田尚嗣氏と、株式会社MEBUKUの代表取締役 入江田翔太による対談を書き起こし・一部編集したものです。「ガイド」の果たすべき役割や、これから求められる価値などについて語ります。
黒田尚嗣
三重県伊賀市上野(松尾芭蕉生家の向かい)出まれ、名張市黒田荘(伊賀流忍者発祥の地)出身。幼少の頃より、松尾芭蕉の生き様に感銘を受け、旅を住処としている。また、祖先が伊賀流忍者ということもあり、情報収集術と人間心理学を学び、目に見えない旅行商品を販売するマーケティングを極める。慶應義塾大学経済学部卒業後、近畿日本ツーリスト株式会社銀座海外旅行支店勤務。現在、同じ近鉄グループのクラブツーリズム株式会社 テーマ旅行部顧問、旅の文化カレッジ講師として「旅行から人生が変わる」をテーマに各種の旅行講座や旅行の企画・営業、ツアーに同行する講師や添乗員の指導育成を行っている。また自らも各種のテーマ旅行に同行し、「世界遺産・日本遺産の語り部」として活躍中。
入江田翔太
鹿児島県出身。東京大学建築学科卒業。株式会社MEBUKU 代表取締役。47都道府県、15カ国以上を旅した経験を活かし、タビナカの体験価値向上に着目し、「その旅に、物語を。」をコンセプトに観光ガイドサービス「Pokke」を展開。趣味は器集め。プロマジシャンとしても活動。
ガイドの役割は、好奇心の火を灯すこと
入江田:僕たちはPokkeというサービスを音声ガイドからスタートしています。今、国内・海外合わせて400以上のガイドを配信しています。
当初は、その場所にまつわる事実情報をしっかり伝えていくことが大事だと考えていましたが、次第にそれに加えて、聴き手に新しい視点や想像のきっかけのようなものを示していくことが大事なんじゃないかという考えにいたり、それをどういうカタチで作り上げていくのかを日々試行錯誤しています。
この「ガイド」というものはどのような役割で、どういう価値を提供するものであるべきだと、黒田さんはお考えになられていますか?
黒田:僕は、ここ数年は縄文遺跡のガイドを中心にやっているんです。縄文遺跡というのは、基本的に地下に眠っていますから、直接目に見えないものをいかにガイドするかを考えなくてはいけないんです。
入江田:そうですね。
黒田:ところが地下に埋もれていて目に見えなければ、それはもう自分や主観や体験のようなものとセットで語らなければガイドとして成立しないんです。
この近くで私が生まれ育ったのだとか、ここの発掘作業に携わったのだとか、あるいは遺跡はどういうものだっていう古文書をたくさん読んだとか。
自分の主観と自分の体験を通して語らなければ、ガイドできないのです。
私にとって、ガイドの役割とは何かというと、やっぱりこの縄文遺跡のようなぱっと見だだけではよく分からないようなところに、見るきっかけを与えると同時に、そういったものへの好奇心の火をつけること。
これが僕はガイドの役割だと思っています。
どんなに言葉を尽くして説明しても、本人が関心を持ってくれない限りは、そこから先にいかないですから。
入江田:好奇心の火。
黒田:そうなんです。だから僕は、特にこういった縄文時代のような、文献も十分になく、100%こうだったということが言えないようなガイドが好きなんです。
その土地に行って2000年前どころか5000年前以上に生きた人は、どんなことを考えてこういう土器をつくったのかと、一緒に考えましょうと。
自分自身を通して遠い時代のことを捉えにいく
入江田:黒田さんの縄文遺跡のガイドを体験してみたいです。
黒田:例えばね、「縄文人が朝起きたら、なにを考えたと思いますか?」っていうところから話を始めたりするんです。
あるいは、「もし、皆さんが土器に紋様(もんよう)を描くとしたら、なにを描きますか?」とかね。
そういうようなところから入っていくんです。
「この土器に描かれているのは蛇です、蛙です」とガイドする前に、「あなただったら、なにを描きますか?」と。
そこから、例えば、縄文時代は今ほど医療が発達していなかったから、「生きる」とか「死ぬ」といったことへの関心の度合いが強かったのではないか?だから、子どもに元気よく育ってもらいたいとか、再生の象徴である蛇を描いたのではないか?
そういう話をするんですね。
入江田:「自分だったら、こういうものを描くかな?」というところから、「じゃあ、縄文時代を生きた人々は、何を描いたんだろう?僕たちと生活や興味の違いってどういうところがあるのだろう?逆に、今の自分たちと変わらないことって何だろう?」と関心をもってもらう。自分を通して理解しにいくと、対象がぐっと身近になるような気がします。
黒田:そうです。そういうふうに捉えていかないと、なかなか記憶に残るストーリーにはならないのです。
ただ単に、これが何々ですという説明だと、その瞬間は「えーっ」とか「へぇぇ」となりますが、なかなか残らない。「関心」というところまでつながらない。
聴き手の行動や視点がほんの僅かでも変容するきっかけ作り
入江田:黒田さんのおっしゃる好奇心の火をつけることがガイドの役割という話がよく分かります。
僕たちが音声ガイドを作るときに、なるべく押さえようというポイントが2つあります。
一つは、知識情報だけでなく、聴いている方が感情移入物語を伝えようというもの。そもそも、Pokkeというサービス全体のコピーとしても「その旅に、物語を。」というのを掲げています。
そして、もう一つが聴き手の行動や視点が、ほんの僅かでも変容するような、変容のきっかけを手にしてもらえるようなガイドを作ろうというものです。
黒田:すごく良いですね。
入江田:例えば、水戸の弘道館のガイドを配信しているのですが、そこは最後の将軍、徳川慶喜が大政奉還語に謹慎した場所でもあるんです。
武士の時代を終わらせるという意思決定は、彼にとってどういう意味や重さをもつものだったのか?
今、あなたがいるその場所で、徳川慶喜は自分の決断について、そしてそれからの未来について何を考えていたのだろうか?
もし自分が慶喜だったら、何を想うだろうか?
そういう問いのようなものを、ガイドの中に入れています。
黒田:まさに好奇心の火をつける、ということですよね。その一種の考え方や見方をヒントとして受け取ってもらいながら、歴史や遺跡の見方をナビゲートする役割。こういうガイドがこれからますます必要になってくると思います。