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【月組公演】『Eternal Voice 消え残る想い』の所感
※この記事は、宝塚歌劇団 月組公演『Eternal Voice 消え残る想い』のネタバレ要素を含みます。ご注意ください。
先日、宝塚大劇場にて、月組によるミュージル・ロマン
『Eternal Voice 消え残る想い』を観劇してきました。
これまで私が興味関心を持って見た舞台は、花組と星組、宙組。
星と宙に関しては配信やDVDなので、生ではない。
なんともわかりやすい、花組一極集中のスタンス。
そんななか、今回思いがけず月組公演を観に行けることとなり、とてもわくわくしておりました。
なんせ、トップスターであられる月城かなとさんのお顔立ちや佇まいが、とっても麗しく、まさに夜空に光冴える“月”のようだとほんのり憧れてもいたので。
ミーハー丸出しで、1年以上ぶりに宝塚大劇場へ行ってきたのでした。
人の想いとはなんぞや
主人公のユリウスがメアリー・スチュアートのものとされるネックレスを手に入れたこと。そして、アデーレという女性と出会ったことから、物語が動き始めます。
不思議な力を持つ男女のキャラクターは、ともすればファンタジーすぎて取っつきにくいのかもしれませんが、個人的には割とすんなり受け入れられました。
時代はヴィクトリア女王の治世、しかもイギリスが舞台という設定のおかげで、「こんな世界観もあったんでは?」と思えたのかな。
ユリウスが特殊能力について自覚していて、なおかつ肯定的であるところも、観客に納得させる要素になっていた気もします。
思い出してみると、このユリウスがよかったよなあと。
「ほかの人には聞こえない声が聞こえる。呼ばれている」
その感覚を大事にしていて、行動の指針にしているから、ぶれない。
きっとこの境地に至るまでに、奇異の目で見られてさまざまな葛藤や苦しみがあったとは思うけれど…
台詞で少しその点に言及しているくらいで、自分のことを過大にも過小にも評価せず、アデーレとメアリー・スチュアートを救うために終始動いている。
その潔さが、アデーレの恐れを昇華し、メアリーのむなしさを救い上げたのだと思います。
さて、この物語において、裏の主人公ともいえるのが、スコットランド女王のメアリー・スチュアート。
エリザベス一世との確執や、処刑されてしまうことでドラマチックに描かれがちな人物でないでしょうか。
実際、私もそのへんをうっすらと知っているだけでした。
どちらかといえば、恨みや悲劇の象徴のような。
だから、劇中でもメアリーの首飾りは「呪われている」とさえ言われてしまう。
しかし、ユリウスとアデーレが受け取ったメアリーの想いは、エリザベスへの恨みでもイギリスへの復讐心でもなかったのです。
最期の時がせまるなか、メアリーが侍女に対して漏らした本音。
実は私、当初はこのメアリーの想いが「きれいすぎやしないか?」と感じました。
憎しみがなかったわけなかろう、と。
そりゃあゼロではなかっただろうし、「自分が処刑されずにイギリスを手中に収めるという結末も有り得たのでは」とやまほど「たられば」があったと思います。
ただやっぱり、ずーっと憎み続けるのって辛いというか。
結局、むなしいだけなんじゃないかと。
負のパワーは心身をむしばむだけで、何も生みはしない。
そういう空虚に気づいたメアリーが本当に救われるためには、何が必要だったのか?
それは、別々に埋められてしまった己の心臓を取り戻すことでも、ネックレスを一緒の棺に納めることでもなくて。
ユリウスとアデーラが、風にかき消されそうなメアリーの声を、拾うことだったのだと。
人の想いとは、真の意味でその人以外にわかりえるものではない、と私は思っています。
けれど、推し量ることはできる。
わかりたいと願うひとの気持ちによって、救われる魂もあると信じたい。
生き死にに関係なく、人の想いはこの世界にたくさん散らばって、ただよっていて。
目には見えないけれど、確かに存在していて。
そんな誰かの想いに耳を傾けようとする視点を、自分の中に持っていたいなとしみじみ思ったのでした。