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生まれて初めての歌舞伎鑑賞が最前列だった件

さる6月20日、京都は南座にて、坂東玉三郎さんの特別公演『阿古屋』を鑑賞してきました。

これまで観劇するといえば舞台やミュージカルばかりで、歌舞伎についてはまったくの初心者な私。

そもそも、伝統芸能の鑑賞経験も少ししかなく。
思い出せるのは、小さい頃に連れて行ってもらった「都をどり」と、高校の課外授業で見た狂言くらいだ。
どちらも記憶が薄いうえに、後者の狂言に至っては途中で寝るという失態をかましているので、カウントに入れるべきではないかもしれない。

とはいえ、歌舞伎に興味がないわけではなかった。
ただ「歌舞伎ってハードル高いよな~」という個人的なイメージも相まって、興味はあれど見に行くふんぎりもつかないままだった。

――南座?前を通ったことは何回もあるよね。
――あと、お隣の松葉さんのにしんそばがおいしい。

歌舞伎に対するスタンスがこんなノリなので、熱心なファンのみなさまには顔向けできたものではないのだけれど、今回縁あって初鑑賞と相成った。

きっかけは、たまたま『阿古屋』のビジュアルを見かけたこと。
豪華絢爛、としか言い表せないほど美しい打ち掛けをまとう阿古屋に、私は文字通りひとめぼれしたのだ。

坂東玉三郎さんが女形として有名なことは聞き及んでいたけれど、よもやこんなにも「性を超越した」美しさがあろうか?と。

ついで、『阿古屋』のあらすじを読み、私の興味は一気に増した。
遊女の阿古屋が、平家の残党である恋人の行方を問いただされ、知らぬという己の主張を証明するべく3つの楽器を弾きこなす、というのだ。

こんなに見たい、と思う作品は、もうないかもしれない。
ならば行くしかあるまい!と、思い切りのよさが私の背中を押し、チケットを申し込んでいた。

結果、まさかの最前列に当選。どこでチケ運を発揮しているのか。

当日撮影した緞帳。「赤地草花連紋」という紋様には、京都を連想させるモチーフが組み合わされているそう

私なんかが前の方に座ってすみません、と多方面に謝りたくなったが、これはこれでまたとない貴重な経験だ、と思い直した。

私の席は花道から離れてこそいたものの、舞台との距離は非常に近い。
なんなら、幕裏にいる人の気配や、舞台袖で動く人影までわかる。
オペラグラスなしでも、役者さんの表情がわかる。
三味線や謡を担う方々もよく見える。

ただ、唄方や三味線方に目を遣ると、舞台の中央から視線を逸らさざるを得ない。
阿古屋に見惚れていると、他の登場人物たちの動きまで追えない。

そんなジレンマを感じるほど、目の前で繰り広げられる世界があまりにも新鮮で、どきどきして。
すべて覚えておきたくて、叶うことならあと4つくらい目がほしかった。

そうだ、歌舞伎、いこう

初めて歌舞伎を鑑賞して強く感じたのは、型にはまった美しさがある、ということ。

お芝居だと、役者さんの解釈によってキャラクターの演じ方が変わってくる。
台詞や歌い方、表情、それぞれ役者さんの個性が表れるところだと思う。

けれど、歌舞伎の場合は演目ごとに動き方や流れが定型化されていて、それをきちんと踏襲するのが前提となる。
さらに台詞も日本語とはいえ古語なので、若干意味が取りづらい。

こう書いてしまうとなんだか堅苦しくなるけれど、実際は「型」にこそ役者の「個」が宿るのだと、私は思う。

坂東玉三郎さん演じる阿古屋は、恋人を思いながら身の潔白を堂々と証明してみせる。
その気高さ、ゆるがない強さといったら!
クジャクが尾を広げる前帯も、豪奢な髪飾りも、叶わないくらい美しい。

玉三郎さんが積み重ねてきた芸があって、それをもって『阿古屋』の立ち居振る舞いが研ぎ澄まされ、ひとつの型として完成する。
他の人も阿古屋を演じることはできるけれど、玉三郎さんにしかできない阿古屋が確かにある。
そして私は、今この瞬間、ここにしかない阿古屋を目の当たりにしている。

そう思い至ったとき、何百年と続く伝統芸能の歴史にほんのわずかだけ身を置けたような、なんともいえない感動を覚えた。

(歌舞伎っておもしろい!)
私はすっかり、次もまた見に行きたいとご機嫌になって帰宅した。

そして今更ながらもいろいろ調べてみると、出るわ出るわ、事前に知っておきたかったあれやこれ。
自分の無知っぷりが逆に笑えるくらい、歌舞伎の世界は奥深い。

これからどこまで勉強できるかは自信がないのだけれど、『阿古屋』が私にとって最後の歌舞伎ではなく、始まりの歌舞伎にしたいと思っている。

なんでも、映画館で過去の舞台を見れる「シネマ歌舞伎」なるものがあるそうで。
今はとりあえず、8月の月イチ歌舞伎を見に行こうかと目論んでいる。

今回、心底ありがたかったのが、本番前に片岡千次郎さんによる解説をつけてくださったこと。
おかげで、解説がないよりも何倍も物語の世界観に入り込めたし、作品の細かな部分にも目が届いたと思う。
自分で調べていくのも大切だけれど、やはりプロに説明してもらった方がわかりやすく、ハードルも下がるのではないか。

私のようなちゃらんぽらんがこんなにも楽しめたので、歌舞伎を見に行こうか迷っているひとがいたら、ぜひ言いたい。
「歌舞伎って、いいものだよ」


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