僕の夏休み 1/4
両親が共働きだったせいで、小学生の頃の僕は毎年夏休みのほとんどを母方の祖母のところで過ごすのが決まりだった。
祖母の家は徳島県というところの、その中心地から何時間も車に乗って、さらにその車を降りて1時間ほど山を登ったところ、にある。
社会科の授業で「過疎化」が問題になっていると習ったような、テレビだってNHKしかまともに映らない、とても退屈なところだ。
「ばあちゃんのところは虫が多いから嫌だよ」
一度母親にそう言ったことがあったけれど、
「あなただって本の虫じゃない」
母はそう言って自分のダジャレに満足して笑うばかりで、ちっとも相手をしてくれない。
それどころか、どこで見つけてきたのか野球帽(阪神タイガースの!)を僕の頭に無理やり被せようとして、嫌がる僕に
「何よ、つまんないわね」
と本気ですねるのだ。
どうせならメジャーリーグの帽子の方が良かったのに。
というより、野球になんて、僕はちっとも興味がないんだけれど。
小学校最後の夏休みも、やっぱり僕はここ、徳島県の山奥の祖母の家で過ごすことになった。
「相変わらずなまっちろい顔色やなあ」
出迎えに出てきた祖母は、僕を一目見るなりそう言って笑った。
「もやしっ子なのよ、この子。本ばっかり読んでるの」
母も一緒になって笑う。その横で、僕はひそかにふてくされていた。
もやしっ子って、何だか聞こえの悪い言葉だけれど、実はチープでヘルシーな野菜の優等生なんだと思うけれど。
色白でひょろひょろしていたって、栄養価は高いんだ。・・・多分。
そんなことを思いつつ、やっぱり何も言えないまま、僕は野球帽を深くかぶりなおし、うつむいた。
母は仕事があるからと言って、一晩泊まっただけで、次の日には家に戻って行ってしまった。
残ったのは僕と祖母のふたりきり。
元々広いこの家が、僕がやってきたことによって余計にしんとしてしている気がする。
祖母の話すことばは、なんだかよく聞き取れないものが多くて、話もあまり盛り上がらない。
方言っていうんだっけ。
あれこれとたずねてくれているのは分かるのだけれど、なかなか意味が理解できなくて、でも何度も聞き返すのも悪い気がして、僕はいつもあいまいに頷くばかりだ。
「ほんまに大人しい子やねえ」
そう言われると、余計に何も言えなくなってしまう。
聞こえなかったふりをして、僕は縁側にねそべり、宿題の絵を書くことに集中した。
「絵、うまいんやねえ」
どのくらい時間が経っていたのだろう。
頭の上から突然聞きなれない甲高い声が降ってきて、僕は驚いて顔を上げた。
「あんた、絵が得意なんやねえ」
おかっぱの、色の黒い女の子が僕の絵日記をのぞき込んでいる。
きみ、誰?
僕が口をぱくぱくさせながらそうたずねようとした時、ちょうど畑からとうもろこしの束を抱えて戻ってきた祖母が、
「あれえ、アカリ。もう来たんかい」
と大きな声を上げた。
「あ、ばあちゃん!とうもろこし、おいしそうやねえ」
アカリと呼ばれたその女の子は、大きな目をくりくりさせながら祖母に走りより、とうもろこしを奪うように自分の胸に抱え込む。
「ばあちゃん!この子がリュウキ?」
いきなり呼び捨てにされて、僕は面食らった。
これが、いとこのアカリとの初対面だった。