トマトと掲示板 1/2
四月のクラス替えからひと月が過ぎ、ぎこちない雰囲気がややほぐれてきた教室の中で、たった一人だけ異質な空気をまとっているのが、僕の前の席に座っている小林だった。
初めのうちは、お節介な女子グループがあれやこれやと話しかけている様子も見かけたけれど、最近は彼女に近寄ろうとする者はいない。
「あの子、話しかけても嫌な顔するんだもの」
誰かが陰口を言っているのを聞いたことがあるから、きっと今のポジションは小林自身が望んだ結果なのだろう。
けれども小林の姿は、クラスで孤立している寂しさなんて、微塵も感じさせない。
授業中も休み時間も、小林の背中はいつもまっすぐに伸びている。
そのすらりとした背中の真ん中まで伸びている長い髪。
いつも後ろで一つに束ねられているけれど、もしそのゴムをほどいたなら、きっとシャンプーのCMのように、さらさらと広がるに違いない。
小林は、ほんの少しだけ、香水をつけているようだ。
時々、例えば先生が配ったプリントを前から順番にまわしてゆくときなんかに、小林は後ろの席に座っている僕を振り返る。
そんな時、小林の髪がほんの一瞬揺れて、そこからふわりと香りが漂うのだ。
甘ったるい、いかにも香水といったものではなくて、なんとなく涼しげな香り。
僕の姉が一時つけていたグリーンのボトルに入った香水に似ていると思って、家で調べてみたらやっぱり同じだった。
もちろん校則違反だからかなり控えめにつけているのだろうけれど、その香りは何となく、姉よりも小林にぴったりだと思う。
休み時間になるといつも、小林は自分の席についたまま、ノートを取り出して何かを書き始める。
何を書いているんだろう。
僕は気になりながらも、クラスのほかのやつらに誘わるまま自分の席を離れる。
教室の後ろに並べられたロッカーの上に腰かけてだらだらとしゃべったり、時々ふざけあったりしながらも、僕の視線の隅には必ず小林の背中が見えている。
少し俯いて、たまに顔を上げて考え込むような顔をしたり、シャーペンをカチカチ言わせたりしながら、小林は何かを書いている。
時々授業中にもそのノートを広げていることを、後ろの席にいる僕は知っている。
授業のノートと重ねて黒板の文字を写しとるふりをしながら、ノートに何か長い文章を書いている。
背中はあいかわらずまっすぐのままで。
その日、珍しく図書館に立ち寄ったのは、姉とのじゃんけんに負けたせいだった。
自転車のカゴには、姉が借りたまま放ったらかしにしていた本が4冊。
図書館からの督促状が届くまですっかり忘れていたのだというから、のんきなものだ。
「代わりに返してきてよ。どうせ、暇なんでしょ」
姉は、部屋でテレビゲームをしていた僕に向かって、えらそうに言い放った。断るとじゃんけんで勝負しようと言う。
よく考えるとそんな必要はまったくないのだが、単純な僕はつい勝負に乗ってしまい、あっさりと負けたのだった。
どこか釈然としないものを感じながらも、約束は約束だ。僕は自転車のペダルをこぐ。
返却カウンターで、司書のおばさんに返却日はちゃんと守るようにとイヤミを言われたあと、僕はそのまま出口に向かった。
「あれ」
自動ドアの内と外で向かい合ったのは、小林だった。