暮れてゆく空の下で
ここが僕の住む町。
都心からそれほど離れているわけでもないのに、ずいぶんのどかだろう?
急行も停まらないこの駅を降りてすぐのところに、踏切があるんだけれど、ここは昔から開かずの踏切と呼ばれていてね。
急ぐ時はいつもほら、この歩道橋を渡るんだ。
渡ってみる?
ずいぶん古びているから、歩くたびにゆらゆらするんだよね。
あはは。大丈夫、壊れたりしないって。臆病だなあ。
そうだ。
ちょうどこの辺。ここで立ち止まってごらんよ。
もうすぐ、とても素敵なものを見せてあげられると思うんだ。
うん。そう。
この歩道橋から眺める夕焼けは、特別にきれいだから。
あと少しだけ、ここで待ってみようよ。
橋の欄干に二人して頬杖をつきながら、僕と君は黙ったまま、夕暮れを待つ。
少し肌寒くなってきた。
もう10月も終わりなんだよな。当たり前のことを、僕はぼんやりと考える。
今日は君に、大切な一言を、告げようと思っているんだ。
僕がこれから言おうとしているのは、多分、君が今、一番欲しがっているはずの言葉だと思う。
確信は、ないけれど。
でもきっと、そうだと思う。
切り出すタイミングを測りかねて、僕はさっきから落ち着かない。
「あ」
君の小さな声で、僕は顔を上げた。
さっきまでは、青色が強かった空が、すでに夕日に溶け始めていた。
オレンジや金色に染まった雲は、薄く手触りの良い、鮮やかな生地を広げた時のようだ。
君の横顔が、ほんのりとその色を映している。
とてもきれいで、でもそんな君は何だか知らない人みたいで、僕は少し眩しかったり、不安になったりする。
急に無口になった僕のことを、君は少し心配している。
そのくせ、何も言わず、僕が語り始めるのをただ待っている。
言わなくちゃ。
あせればあせるほど、僕は意気地をなくしそうだ。
酸欠の魚みたいに、口をぱくぱくさせるばかりで、声が出ない。
ただ僕ができるのは。
そっと、君の手を握る。
この手のひらから、君への気持ちが伝わるように、精一杯祈りながら。
夕日が沈みきってしまうまで。
そっと、君の手を握る。
君の手は暖かい。
ずっと触れていたいな、と思った。
「ずっと触れていていいよ」
彼女が、頬を夕日の色に染めたまま、言った。