Not Deleted
何の予定もない日曜の午後。誰かを誘おうにも、それも億劫。
つけっぱなしのテレビでは筋のよく分からないドラマの再放送をやっていて、
チャンネルを変えたいけれどそれも億劫。
だから。と言い訳をしておく。
アナタからの電話に出ちゃったのは。
ディスプレイに現れたのはよくかけてくる友達の名前でも知らない電話番号でもなくて、2年前に別れた恋人の名前。
誓って言うけれど、名前を消せなかったわけじゃないから。
単に消すのを忘れていただけだから。
わざわざ自分に言い聞かせてから通話ボタンを押した。
「あー、番号変わってなかったんだ?」
受話器の向こうから聞こえるのんきな声に少しむっとして、「誰?」なんて聞いてみた私に、
「オレオレ」
とまるで詐欺みたいなことを言って笑う。相変わらず、ばか。
「・・・何よ?急に電話なんか」
私はわざと面倒くさそうな声を出してみる。
もちろんばかな元恋人は、そんなことには気づかないで
「別に。どうしてるかなって、懐かしくなっただけ」
なんていけしゃあしゃあと。
つい
「そだね。久しぶりだね。元気?」
なんて話に乗ってしまったりして。私もばか。
「もしかして結婚とか、した?」
「してないよ」
即答してから、ちょっとくらい間を持たせれば良かったと後悔した。
だいたい、「とか」って何?「とか」って。
「彼氏とかいるの?」
今度はちょっと時間を置いてみた。
「・・・さあね」
「ふーん」
ふーんって。それだけ?・・・拍子抜け。別にいいけど。
「そういえばさ」
しばらく互いの友人(私たちが恋人どおしだった頃は、共通の友人だった)についての
近況を報告しあった後、元恋人は、どうでもいいことを思い出した、とでも言うように切り出した。
「オレさあ、結婚することになったんだ」
「・・・・・・ふーん?」
だめじゃん、私!
ここは間を持たせるところじゃなかったのに。
失敗を気取られないように、私は慌てて気のきいた言葉を探す。
あ、そうだ!
「じゃあ、ずっと貸したままの3万円、ご祝儀代わりにチャラにしてあげる」
受話器の向こうで笑う元恋人に、
「ほんとはもう少し多かったけどね」
と付け加えた。「厳密に言うと、3万7千円」
「・・・でも、相変わらずだなあ」
元恋人の声が急にまじめな声に変わる。
「そう。私、強いから」
皮肉をこめて答えたつもりだったのに、
「何それ?誰かに言われた?」
なんて聞き返されてまた拍子抜け。
覚えてないんだ。私を振るときに、アナタがそう言ったくせに。
「・・・だからさ」
元恋人の話題はいつも唐突に変わる。
「やっぱり、結婚するわけだし、オマエの電話番号も消そうと思って」
「どうせ彼女に言われたんでしょ」
これくらいのイヤミは許してくれるよね?
どきどきしながら言ってみたけれど、
「やっぱ、分かる?」
なんて素直に答えられちゃったら、立つ瀬がない。ほんと。
「電話番号消しちゃったら、ヨリ戻したくなってもできないよ?」
「うん」
「後悔するかもよ?」
「うん」
「ま、頼まれても絶対戻らないけどね」
「うん」
何だかお母さんになったような気分。
でも、何となくすっきりしてきた。
「よし!分かった。幸せにね!」
まだ話し足りなそうな元恋人の雰囲気に気づかないふりをして、
私は通話終了のボタンを押す。
それから。
元恋人が本当に私の名前を消去するのかどうかは分からない。
でも、万一、彼からまた電話がかかってきたとしても。
もう彼の名前が現れないように。
退屈を言い訳にしてうっかり出ちゃたり、しないように。
私も、メモリーを消しておくね。