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『金沢 洋食屋ななかまど物語』を読みました

スマートフォンの地図を見ながら歩いていたのだけれど、どこかで道を間違えてしまったようだ。金沢駅から今日宿泊するホテルに向かって、画面上の矢印に従って歩いていたつもりが、いつの間にか見知らぬ住宅街に入り込んでしまっていた。住居表示のプレートを見つけて確認したところ、この辺りは「桜町」というらしい。
引き返さなくちゃとは思ったけれど、キャリーケースを引きずりながらこれまで歩いてきた道のりを思い出して少々うんざりする。とりあえずは、どこか休憩できるところを探そう。そろそろお昼だし、お腹もすいてきたし。土地の名物じゃなくてもいいから、まずは何か食べられるところ・・・・・・。
きょろきょろと周囲を見回して見つけたのが、この店だった。

「洋食屋 ななかまど」看板にはそう書かれていた。市内の観光名所からは少し離れたところにあるこじんまりとしたレストラン。ふらりと立ち寄る観光客もいるだろうけれど、主な客層はきっと近所の人々か、家族連れ。今日の晩ご飯は外に食べに行こうよー。そんな時、普段着で気軽に行ける身近な店。
正直、味についてはそれほど期待はしていなかった。歩き疲れた足を少し休めて、空腹を満たすことができればそれで十分だと思いながら、私は店の扉に手をかけた。

「いらっしゃいませ!」
元気な声に迎えられた。声の主は髪をポニーテールに結んだ女の子だった。
思ったより店内は混んでいた。人気の店なのかもしれない。外観からも分かるとおり決して広い店ではない(失礼!)けれど、明るくて清潔感が感じられる内装だった。テーブルには丁寧にアイロンをかけられたチェックのクロス、壁には額に入った小さな絵。さりげないけれど細やかな心配りに満ちている店だと思った。
私に声をかけてくれた彼女の接客態度は、きびきびとした動きの中にも温かみが感じられて心地よい。勧められるまま窓際のテーブル席に案内されて座る。

メニューに「人気NO.1!」と書いてあったオムライスを注文すると彼女は「かしこまりました」と小走りで厨房にオーダーを伝えに行った。おいしそうな香りがあちこちから漂ってくるものだから、私のお腹がぐうぐうと勢いよく鳴り出してしまったせいかもしれない。恥ずかしい!テーブルに置かれたコップの水を飲んで胃をなだめる。お願い、あと少し我慢して。

「お待たせいたしました」
目の前に置かれたそれを見て私は息を飲んだ。
どこか懐かしさを覚えるような、しっかり火を通した薄焼き卵が、白い皿の上でまるでひまわりのような存在感を放っているのだ。たっぷりかかったケチャップの赤とパセリの緑が鮮やかに映え、私は頭の中でゴッホの絵を思い浮かべた。
「おいしそう…!」
思わず声を上げた私に、料理を持ってきてくれた彼女は嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます。ごゆっくりお召し上がりください」頭を下げてくれる。
スプーンでそっと卵に切り口を入れてみた。よく炒めたケチャップの香りが湯気ととも立ち上り、オレンジ色のチキンライスが姿を現した。
卵と一緒にすくい口に運ぶ。

「・・・・・・!」

スプーンをくわえたまま大きく目を見開いた私に、
「お気に召しましたか?」
彼女はそう言って、もう一度微笑んだ。


***

上田聡子(ほしちか)さんの「金沢 洋食屋ななかまど物語」。
もし私が「洋食屋ななかまど」を訪ねたら・・・・・・。
注文したいのは、やっぱりオムライスかな?なんて思いながら、書いてみたワンシーンです。

このお話は、2017年の秋、ほしちかさんがnoteに連載されていた小説を元に、舞台を古都・金沢に設定して大幅加筆されたもので、2020年7月にPHP学芸文庫から発売されました。
おめでとうございます!おめでとうございます!!
(大事なことなので2回言いました)

******

千夏の幼い頃からの夢は、生まれ育った大好きな店である「ななかまど」の後を継ぐこと。今は大学に通いながら日々店の手伝いをしている。密かに常連客の大学院生、丹羽に想いを寄せているけれど、千夏はその恋心を打ち明けるつもりはない。
なぜなら、彼はいつか金沢を離れてしまう人だから。千夏の夢とは重ならない夢に生きる人だから。

そんな千夏の前に現れたのは、店の後継者候補として父が連れてきた腕ききコックの紺堂。
彼は千夏の丹羽への気持ちを知った上で、それでも彼女を幸せにしたいと言う。
好きな人を取るか。大事なお店を取るか。
ふたりの男性の間で揺れる千夏の気持ちがていねいに描かれていて、とても共感できます。
千夏はとても素直でいい子で、その健気さが眩しい。だからこそ彼女がいったいどんな結論を出すのかどきどきしながら読みました。

レビューを見ていると、丹羽派・紺堂派にけっこう意見が分かれているようです。
私はどっちかな。なんて考えつつ、紺堂一択です。
おいしいごはん作ってくれるひと、ステキ・・・・・・。
あ。個人的な好みでした。すみません!

ほしちかさんのnoteでは、加筆前の「ななかまど物語」も読めるので、両方比べてみるのも面白いと思います。こんな風に話が広がっていくんだ、と勉強にもなりました。

ちなみに私が立ち寄った大阪の書店でも、新刊コーナーには必ずこの本が平積みされていましたよ!何だか自分のことみたいに嬉しかったです^^

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