僕の夏休み 2/4
「ウチベンケイ」という言葉の意味が分からなくて、辞書で調べてみたことがある。
僕の名前はリュウキというのだけれど、勇ましい響きを持つこの名前が僕は大嫌いだった。
国語の本読みではつっかえてしまうのが怖くて、算数の問題も答えが間違っていて笑われるのが怖くて、手を上げることができない。
胸の中はいつももやもやしていて、言葉がぐるぐる渦巻いているのに、肝心なときには溢れそうだった言葉たちはみんなのどもとで止まってしまう。
跳び箱だってうまく飛べずにてっぺんにお尻をぶつけてしまうし、走ればバトンを落とすし、つまり僕には得意なものはなんにもないのだ。
「失敗なんて誰だってするんだから、気にしないことよ」
そう言って笑う母は呑気だな、といつも思う。
「だいたいお母さんなんて、お父さんと結婚したのが最大の失敗だったわよ」
つまらない冗談だ。きっと母には僕の悩みなんて一生分からないに決まっている。
話がそれた。
アカリのことだ。
アカリはその名前の通り、体中からいつも、キラキラと光を放っているようだった。
僕がちまちまとスプーンで種をほじくりながらスイカを食べている横で、アカリは口の周りを真っ赤にして豪快にかじりつく。
祖母が買ってきてくれた花火セットにおおはしゃぎして、ねずみ花火をわざと僕の方に向かって投げつける。逃げ回る僕を見てげらげら笑う。
何を見てももともと丸い目をさらに丸く見開いて、まるで好奇心の固まりだ。
そんな時のアカリは(子供の僕が言うのも何だけど)まるで子供みたいで、僕よりもひとつ年上だと聞いたときには、冗談かと思って本気にしなかったくらいだ。
「ほんまやって。ちゃーんと制服だって着てるんやから」
2学期になって学校が始まったら、証拠に制服姿の写真を証拠に送ってやると言って、アカリは頬を膨らませた。
「ねえ、リュウキのお父さんとお母さんって、いっつも仲良しなん?」
突然アカリにこんなことを聞かれたことがある。
その時僕らは縁側で向かい合って、祖母の畑で取れた枝豆をむしっていた。
「うん、いいよ。もちろん、時々けんかもするけど」
二人は気づいていないと思っているんだろうけれど、夕飯を食べ終えて僕が自分の部屋に戻った後、リビングで父と母がこっそり一緒にビールを飲んだりしていること。
その時、「かんぱーい」なんて言いながら二人でグラスをかちんとぶつけあったりしていること。
時々僕を置いて、二人だけで「デート」と言いながら映画を見に行ったりしていること。
そんな話をぽつぽつとしていると、アカリは
「けんかするほど仲がいいって、ほんまかなあ」
とつぶやくように言った。
いつの間にか枝豆をむしる手がとまってしまっている。
「うちは、けんかばっかり」
その時僕は、アカリが元気になれるような言葉を口にするべきだったんだと思う。
少なくとも、大丈夫だよ、と言うべきだった。その言葉に確信がなくても。
でも僕はやっぱり意気地なしで気が弱くてウチベンケイで、こみ上げてきた言葉のかけらを口にすることができなかった。
僕は俯いて、枝豆をむしるスピードを上げた。
アカリも思い出したように、また手を動かし始める。
二人で向かい合って、ただ黙々とむしり続けた。
その日の夕方食べた採れたてゆがきたての枝豆は、ちょっと塩を振りすぎてしまったようで、後で何だかとてものどが渇いた。