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邂逅はタクシーで

無事退院し病院前のタクシーに駆け込む。

「○○までお願いします。
◇◇橋を渡った交差点を右折したあたりです」

やっと家に帰れると安堵の気持ちが溢れる。
娑婆の空気を噛み締めるかのごとく
大きく息を吸い、そしてスマホに視線を落とした。
ちょうどヒドイデが実装されたタイミング。
捕獲せねば。

「以前も乗っていただきましたね」

突然の運転手の発言に落とした視線を前に戻す。
タクシーなんて頻繁に乗っていない。
人違いじゃないかと不思議な顔をした。

「手術がどうとか車検がどうとか電話されてました」

2週間前の記憶が鮮明に呼び戻される。
網膜剥離発覚後、最初の手術をして一旦退院をした。
あの日は術後の検診ということで身軽に構えて
手ぶらで通院した。
ところが剥離の再発が発見され
すぐに緊急手術をするので入院の支度をもって
再度病院に来なさいと医者に指示され
絶望の淵に突き落とされた。

まだ手術した片目は開かない。
もう一方も検査のため瞳孔を開く目薬を
点眼されたばかりで焦点が合わない。
歩くことすら危なっかしい状態で
一刻も早く帰宅して入院の支度をせねばと
病院前のタクシーに駆け込んだ。

再発と再手術をまだ自分の中で咀嚼出来ていない。
ひどく動揺していたが、なるべく冷静に装い
再び長期休みになることを職場へ
車検のキャンセルをディーラーへ
タクシーの中から急いで電話した。

「あぁ、あの時の!」

再び同じ運転手との巡り合わせに少し高揚する。

「あのときは病気の再発が発見されて、手術入院の支度をするために急いで帰らないといけなかったんです、ありがとうございました、無事手術も終えて今退院してきました」

「おめでとうございます、ファミマを曲がってからのご自宅までの道も覚えてますよ、お送りします」

2度目は元気な姿でよかった。
突如訪れた不思議な邂逅に少しにやりとし
またスマホに視線を落とした。

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