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記憶の中の少女と父と

「私、◯◯くん(筆者)のことが好きなの!」
運動会を見に来た私の父にA子は言った。
「ありがとうね」
不器用で寡黙な父が珍しく嬉しそうに答えた。

小学校の同級生だったA子は天真爛漫で
私への好意を隠すことなく振る舞った。
幼かった私にとって照れ臭くもあったが
悪い気はせず仲のよい友達だった。
父親にとってもよほど印象的だったのだろう。
「A子ちゃんは元気?」
と事あるごとに私に尋ねた。

中学生になり程なくしてA子の父親が自殺した。
自宅の押入れで狩猟銃を自分に向けて発射したと聞いた。
余りにも悲痛な出来事で当時の私は目を背けた。
その日からA子は2度と学校に来ることはなかった。

非行に走ったという風の噂は聞いていた。
よくない仲間とつるんで、万引きをしているだの
シンナーを吸っているだの、暴走族に入っただの。
あれだけ悲しい経験をしたらグレるのもしょうがないなんて勝手に免罪符を貼って知らぬふりをした。

高校生になり地元のお祭りで久しぶりにA子を見た。
どう見てもガラの悪い連中とつるんでいた。
それでも元気そうでよかったと一方的に認識して
声をかけることもしなかった。

その後、A子は若くして子供を産んだらしい。
どこの誰か知らないが結婚してすぐに離婚したとか。
疎遠になって数年、友人間でも話題にあがることもなくなり
どこでどうしているかどころか
A子のことすら記憶の中から消失しつつあった。



そんなある日、
大学生になった私が実家に帰省していると
父親がゆっくりと話し出した。

「A子ちゃんっていたよな?」

久々の名前に懐かしい記憶たちが呼び戻される。
非行に走ったあたりからのことは家で話していない。
話すのはなぜか後ろめたい気持ちになった。
せめて父親の記憶の中ではあの時の少女のままで、と
素っ気いない返事を返した。

「あぁ、いたね」

「今日見かけたよ」

「ん!?どこで!?」

「留置所。薬物で逮捕されてた」

警察官だった父。
奇しくも久々の邂逅は職場だったそうだ。

「あぁ、そうか」

父は何を思っただろうか。
不器用で寡黙な父のその悲しげな表情に
私は気がついたがまた見てみぬふりをした。


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