【おはなし】よっちゃん
よっちゃんは元気に玄関を出た。
保育園の門で担任の岡部先生が声をかける。
よっちゃん、おはよう。
お母さんは?
あ…そう…
岡部先生は知っていた。
よっちゃんの両親は魚市場で食堂をしているのだ。
お父さんは夜、子どもたちが眠る前に仕事へ出かける。
お母さんは子どもたちが眠るとそっと仕事へ行き、仕込みをしてから子どもたちが起きる前に帰宅するのが日課だった。
よっちゃんには年の少し離れたお兄ちゃんが二人いて、お母さんはお兄ちゃんたちにも妹の事を頼んでいた。
お母さんは子どもが起きる前に朝食を用意し、学校や保育園へ送り出してから昼間に眠る生活だったが、よっちゃんが起きたときに眠っていることも何度かあった。
もっと幼いときは、眠っているお母さんの隣でごろごろとして、登校する兄たちを見送り、保育園を休んでしまうこともよくあった。
お母さんが眠っている時の朝ごはんは、お米が炊飯器に炊き上がっており、兄たちは自分で卵やお肉、ソーセージなど冷蔵庫にあるものをフライパンで焼いて朝食にしていた。
よっちゃんは、食堂から持ち帰った前日の残りの「芋の天ぷら」をおかずにすることが多かった。
なぜか、お惣菜として用意する天ぷらは、芋ばかりが残っていた。
まだ秋と呼ぶには残暑が厳しいころ、よっちゃんが起きてお母さんの元へ行くと、すやすやとよく眠っていた。
よっちゃんは、押し入れを開けて引き出し式の衣装ケースをゴソゴソ。
セーターや腹巻が入っているところから、赤い袖のないワンピースを取り出した。
その日ご機嫌で過ごし、お母さんがお迎えに来た。
お母さんは、何か困った顔で岡部先生にペコペコと頭を下げている。
よっちゃん!おかあちゃんが寝とったら、起こしてくれてええからな。
1人で保育園に来たらいけんよ。
それから、そのベロアのワンピースは寒いときに着る服じゃからな。
暑かったじゃろう?
よっちゃんはそんなことはお構いなし。
おかあちゃんと手をつなぎ、ご機嫌にお家へ帰りました。