【おはなし】 音声燻製 #毎週ショートショートnote
かつて祖父が過ごした部屋は、あの時のままだ。
森の中の洋館の一室は、タイムスリップしたような雰囲気がある。
床や家具は、まるで燻されたようにコクのある色で艶やかだ。
祖父の部屋はいつもお香がたかれていた。静かに部屋に広がっていく煙の中、古い蓄音機からノスタルジックなジャズが流れ、男性ボーカルの声が心地よい。
祖父は身体になじんだ皮のチェアに座り、時折聞き込んだジャズを口ずさむ。
お香の香り。耳にはボーカルと祖父の重なった声が入ってくる。意味は理解できないが、きっと恋の歌だ。そしてカーテンからの木漏れ日。
蓄音機からの音の振動に合わせて煙も揺れているように感じた。
「音が燻製にされているみたい。」
私はボソッと呟いた。
祖父は少し驚いた顔をしたがすぐに目じりを下げた。
「ハハハ。面白い事を言うね。音が燻製か…さながらここは、音声燻製室かな。」
そんなことを思い出しながら蓄音機に針を落とす。
部屋の空気が微かに振動し、懐かしい香りがした。
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今週もこちらの企画に参加させていただきました。
いつもありがとうございます。