オンライン飲み会不適合人間
オンライン飲み会が大流行している。最近、知り合いとLINEでメッセージをやり取りするとよく「今度みんなでZOOM飲みしよー」と言われる。「やろやろー」と返すけど、なかなか乗り気になれない。
会社内の簡単な会議とか、スマホのビデオ通話でのちょっとしたやり取りならなんにも考えずにできる。なんなら楽しい。でも、オンラインで、リラックスした状態で長時間話すのは難易度が高い。
なんでだろうと考えたら、感情を読み解く解像度が低くなるから。これは私が極度に敏感なだけだけど、実際に目の前にいないと心理的距離感が掴めない。それが怖い。顔は見えるし、声も聞こえる。でも、画面上で相手が情報化され、同じ空間にいないので、表情のニュアンスや話すタイミングが読み取りづらい。空間を把握した上でコミュニケーションを取りたいのに取れないのがもやもやする。そう戸惑っているのに、相手はなんとも思っていない。その認識のズレもまたもやもや。事務的な会話なら問題ないけど、仲良くしたい相手と長時間話すには向いていない。
親しい人と話しているはずなのに、解像度の低い相手は、ふとした瞬間に別人にさえ思えてしまう。距離を縮めるはずが、遠ざかっていく。寄る辺のない不安に駆られる。
電話やLINEといったツールだと、ここまでは感じない。顔が見えて、リアルタイムでその場にいるかのように振舞うからこその違和感なんだと思う。いないのにいるという違和感。「は?インターネットに初めて接した人間か」と思われるだろうけど、そういう人間なので仕方ない。
直接交流する場合の意識の矢印は対相手に向くが、オンライン通話には自分を客観的に見るという行為が加わる。それにも混乱する。自分が酒を飲み、会話をする姿の映る画面を見ると、自分がコンテンツ化したようで恥ずかしい。…なんて自意識過剰なんでしょう。
ツイッターで、同様の考えを持つフォロワーの人と話していたけど、その人によると、オンライン診療でも似たような話があるらしい。患者が診察室に入る際の様子などを観察できないので、対面診療よりも情報が限定的だと困っている医師もいるそうだ。
感染症の影響でみんな会いたい人に当分会えなくなった。顔の見えるオンライン通話は、会えないけど会っている気持ちになれる最適解だと思う。でも、それだけじゃないよなあとも思う。フォロワーさんは「火星に行ったわけでもないのだから、会えないなら想像力でその人を考える方を選ぶ」と言っていた。ちょっとロマンチック。