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落ちてくる人生
人生のオプション
鳥のフンが頭に落ちてくる人生と落ちてこない人生。あなたはどちらを選ぶだろうか。
「うーん」と迷っているならば、そっと抱きしめて伝えたい。
鳥のフンが頭に落ちてこない人生を選びなさい。鳥のフンは落ちてこないほうがいい。
好奇心旺盛なあなたは何でも経験してみたいと言うのかもしれないが、しなくてもいい経験だってある。どうかかけがえのない一日を鳥のフンを受け止めた一日にしないでほしい。
残念ながら私は鳥のフンが頭に落ちてくる人生を選んでしまった。
母の腹の中で生まれるための準備体操をしていたとき、天使がやってきて「人生につけたいオプションはありませんか?」と言った。
「おすすめはありますか?」
「そうですね。鳥のフンが頭に落ちてくるオプションなんかはどうでしょう」
「じゃあそれで」
カフェでランチのメニューを決めるような調子で人生のオプションを選んでしまった。もっと真剣に悩むべきだった。
悲しみの乗り越え方
悲しみを紛らわせる方法はいろいろある。音楽を聞いたり、温かいミルクを飲んだり、友だちに愚痴ったり。
私が最も頼る方法は文章に書くことだ。目に見えないモヤモヤとした気持ちに形を与えると得体の知れなさが薄れて安心するのだ。
どんな悲しみもそうやって乗り越えられると信じていた。先日、鳥のフンが頭に落ちてくるまでは。
私は悲しみを文章にできなかった。音楽を聞くことも、温かいミルクを飲むことも、友だちに愚痴ることもできなかった。
鳥のフンは私からすべての意欲を奪い取り、立ち直るための行動すらさせなかった。
一週間ほど静かに落ち込んでいたが、やっと文章にできそうだ。
鳥のフンが頭に落ちてきた
それはいわゆる「花金」の夕方のことだった。仕事を終えて機嫌よく自転車を漕いでいた私の頭にカツンと固いものが落ちてきた。
「イテ!」
なにが起きたのか分からなかった。突然誰かに石をぶつけられたかのような痛みだった。服と自転車が鳥のフンで汚れているのを見てやっと状況を理解した。
犯人の姿をとらえることはできなかった。カラスだったかもしれないしハトだったかもしれない。フンの大きさからしてスズメではなさそうだ。
ああ。同僚のしょうもない冗談にもう少し付き合ってから職場を出ていれば。あの横断歩道をもっとゆっくり渡っていたら。
ほんの少し選択が違っていれば、こんなことにはならなかったのに。
悔しさに顔がゆがむ。だが、過去は変えられない。大事なのはこれからどうするかだ。
まずは鳥のフンによって引き起こされる健康被害がないか確かめよう。スマホでGoogleを開き、「鳥のフン 危険性」と検索した。
なるほど。
諸々をすっとばしてまとめると、最悪の場合死ぬ(※)らしい。
もうだめだ……。
私が何をしたっていうんだ。ふざけるな。許さない。どの鳥だ。わざわざ人が通過する瞬間に排便する必要はないじゃないか。狙ったのか。
いや、狙えるはずがない。これはすべて偶然だ。それにしても鳥のフンが人の頭に落ちてくる確率はどれくらいなのだろう。どうすれば計算できるだろう。
待て。確率などどうでもいい。確率が分かったところで「みんな経験してるのか」とホッとするわけでも、「レアな体験しちゃった」と喜ぶわけでもない。確率に関わらず、鳥のフンが頭に落ちてくれば最悪の場合死ぬのだ。
鳥のほうはどう思っているのだろう。「ざまあみろ人間」と笑っているのだろうか。そうならば腹立たしいが、果たしてそうだろうか。
鳥の立場に立って考えよう。自分のフンが他人に付着したのだ。なんてことだ。こんな絶望があるか。排便という高度に個人的な出来事に他人を巻き込んでしまうなんて。
私も鳥も不幸になってしまった。
本当はお気に入りのベーカリーに立ち寄り、朝食用のパンを買う予定だった。しかし、鳥のフンをくっつけた状態で店に入るわけにはいかない。
こんな汚い私を喜んで受け入れてくれる人がどこにいるだろう。人とすれ違うたびに不潔さを非難されているような気がした。
ああ、鳥よ。おまえはどうだい。この後デートの予定でもあったんじゃないのかい。
やがて雨がポツポツ降りだした。空よ、私たちのために泣いてくれるのか。
その気持ちは嬉しいが、今はそういう気分じゃない。頭に付着したフンを下手に刺激しないでくれ。これ以上被害を広げたくない。そう祈りながら帰宅した。
「運がついたね、フンだけに」なんて言わせない。運はついていない。ついたのはフンだけだ。
来世では鳥のフンが頭に落ちてくるオプションを外そう。絶対に。
※ 安心してください。今のところ生きています。