絵を描く君。僕が綴る言葉。
――今からちょうど4年前、2017年の夏。僕はスマートフォンの画面の向こうに、君が描いた絵を見つけた。君は有名なアメリカの漫画と実在のミュージシャンをミックスさせたような絵を描いたり、ほとんど写真と見紛う精密な筆致で色鉛筆画を描いたりしていた。それは、僕が今まで見た事も無いような絵だった。共通の "故郷" を持っていたり、好きな音楽が似通っていたこともあって、ラッキーなことに僕は君とやり取りを重ねて仲良くなることができた。時間が経つに連れて、君が優しく謙虚で誠実である半面、音楽やアートには自分なりの拘りを持っていて一筋縄では行かないことも分かってきた。君は人を緊張させない柔らかさと共に、どこか底の知れない、掴みどころのないような魅力を持つ人だった。
――BABYMETALをきっかけにして出会った僕たちが初めて実際に会ったのは、さくら学院の『公開授業』でのことだった。今となっては少し微笑ましいような話だ。僕たちはいろんな場所で会うようになり、いろんな話をするようになった。2018年の秋に初めて僕は君にオーダーをして、家に飾る為に、一緒に暮らしている猫の絵を描いてもらった。その後も君は何かあればいつでも描きますと言ってくれたけれど、僕は君が絵を一つ描くのに全身全霊を注いで、時には燃え尽きたようになりながら描き終えていたのも知っていたから、思い付きで気軽に頼むことは出来なかった。でも、2020年の2月、僕は君に4枚の絵を描いてほしい、とお願いをした。その時、僕はオリジナルの物語を書こうとしていた。そして、その作品には挿絵が必要だと思っていた。その4枚の絵を、どうしても君に描いてもらいたかったんだ。
――僕が2019年度さくら学院へのファンアートとしての物語を作ろうと決意をして(その経緯と振り返りはこちら)文章を書き始めた時には、既に君に絵を描いてもらいたいという想いが僕の中にあった。そもそも、僕がファンアートとして物語を書き始めた初めのきっかけの一つに、"絵を描く人" への憧れがあった。もちろん、君もその憧れの対象だった。自分で絵を描くことが出来ない僕は、彼女たちへの愛をストレートに表現できないもどかしさをずっと抱えていたけれど、物語という形でそれを表現しようと心に決めた時に、その助けとしてどうしても君に絵を描いてもらいたいと思った。初めてその話を打ち明けたのは、2020年2月、さくら学院のバレンタイン・ライブの日だったと思う。赤坂Bizタワーのillyのカフェで、僕はその相談を君に持ちかけたんだよね。
~「Introduction」~
まず始めに、お話の挿絵を描くにあたり、どういう雰囲気の作風で描くかを考えました。POKAさんからは事前に、「お話を通して合計4枚、鉛筆でササッと描いたようなラフな雰囲気で」描いて欲しいと言われていました。事前にお話の全体のストーリー構成を教えて頂き、また、第1章の一部を読ませて頂いていたので、作風としては「青春時代の淡い雰囲気」を表現できるものになったら良いなと思っていました。更に「モノクロじゃ物足りないので、折角だから色も付けたい!」と考えて、POKAさんに相談した結果、「水彩絵の具」で挿絵を描くことにしました。
私はこの挿絵を描くまで、「一から構図を考えてイラストを描く」という事をしたことがありませんでした。なのでこのお話を頂いた当初は、最後まで描きあげることが出来るのか、正直不安でした。お話の冒頭部分を読ませてもらって、素晴らしい作品になることは確信していましたし、お話の世界観をなるべく壊さないようにしたいという思いもありましたので、挿絵の絵を描く事と並行して、「一から構図を考えてイラストを描く」練習も始めました。またPOKAさんも、私がこういった経験がないことを以前から知ってくださっていたので、それぞれの挿絵について、詳細な情景描写や雰囲気を細かく示してくださいました。そのお陰で拙いなりに描きあげることができたと思っています。
――3月の半ばには挿絵を添えたエピソードを公開したかったから、それから1週間後くらいに、まず最初の1枚をどんなものにするかを話し合った。そう、君が書いたように僕は最初、あくまでもラフな線画というイメージで君に相談をした。君にあまり負担をかけたくなかったから。だから、そのしばらく後に君から「淡く水彩で色を付けたい」と連絡が来て本当に嬉しかったし、文字で書かれた物語を読んで君がどんな絵を描くのかすごく興味深く、楽しみだった。そして、君から送られてきた絵を見て、僕はその素晴らしさに言葉を失うくらい感動したんだ。
「ももえとつぐ」
~1枚目「ももえとつぐ」について~
最初の1枚目という事もあり、かなり緊張しながら描いた事を覚えています(笑)。描くにあたり特に意識した点は、「2人のキャラクターと距離感」です。POKAさんからは事前に、作品全体を通して、挿絵の構図は「後ろ姿」にしようと言われていました。人物が2人の場合、後ろ姿だけでどちらがどの人物か分かるように描かないといけないので、どういう風に描き分けるかとても悩みました。お話の内容を基に、ももえは「意思の強い、積極的なキャラクター」、つぐは「少し控えめなキャラクター」を意識して描きました。お話の中では、2人が仲良くなってからまだそんなに時間が経っていない場面だったので、「近すぎない距離感」を意識しました。色合いについてもちょっとお話をさせていただくと、「5月の終わり頃の日の夕方」という場面なので、少しずつ梅雨の気配が近づいているような雰囲気が感じられる色合いにしてみました。
――この絵を初めて見た時のことは今でも忘れられない。僕がどんなことを思ったか、分かる?もちろんこの絵は挿絵としても素晴らしいと思ったけれど、何かそれ以上のものであるような気がした。これは完全に物語の一部であり、僕はこの絵を受け取った瞬間に、いま書き進めているストーリーがどういう風に流れて行きどうやって終わるのか、ぼんやりとだけど、初めて自分で分かったような気がしたんだ。この1枚目の挿絵は、僕が物語を通して描くべき空気感を決めてくれたんだと思う。
――後姿だけだと、どのキャラクターを描いているのか分かりにくい。だから、少し頭をひねって、それが誰であるかを匂わせるような小物を登場させよう、と君は提案してくれた。絵の中でももえはハート、つぐはパンダのアクセサリーをそれぞれバッグに付けている。彼女たちのモデルを知っている人ならば、ピンと来る可能性があるモチーフだ。それから、描く時に君が大切にしてくれたという「距離感」。これはもう完璧だった。この時の二人は、手を繋いではいるけれど、お互いの距離にまだ自信が持てずにいる。それが物語の後半では、肩が触れ合うほどに親密な距離感へと変化していく。君が描いてくれた五月の二人の微妙な距離は、物語にとってとても重要な要素だった。つぐはももえを必要とし、ももえはつぐが必要としてくれたことをきっかけにして、つぐとの関係を失うまいと必死で距離を縮めようとしている。この絵でも、ももえがつぐを少しリードしてるように見えるよね。そよの家への行き帰りは、二人が二人きりでいられる数少ない時間であり、だから二人はそよの家に通い続けるんだ。物語の導入の部分に僕が隠したのはそんな二人の心の機微だった。君はそんな繊細な感情を、少しだけ寂しそうな二人の背中と、いくつもの淡い光が混じり合った初夏の夕暮れの色で表現してくれた。
「そよとさな」
~2枚目「そよとさな」について~
この場面の挿絵についても、1枚目と同様に「2人のキャラクターと距離感」を意識して描きました。さなは「天真爛漫で無邪気な雰囲気」、そよは「おとなしく、真面目そうな雰囲気」を意識しました。2人が横並びに座り話している場面なので、さながさくらベースの事について、楽しそうにそよに話していて、そよがその話を真剣に聞いている様子が伝わるように描きました。POKAさんと話し合い、この2枚目だけは、さなの楽しそうな雰囲気がより伝わるようにと、唯一横顔を描きました。背景の描写は、夏の青々とした木々が生い茂る感じを出したかったので、何層も色を重ねて描くのに苦労したことを覚えています。
――2枚目の絵の相談をしたのは2020年3月、一度目の緊急事態宣言が出る少し前のことだった。下書きは第五話に差し掛かっていて、僕はそれがストーリーの重要な転換点になると強く意識しながら、ある場面を描いていた。それは、"生徒"としてはさくらベースに受け入れてもらえなかったそよが、さなとの出会いを通じて自分とベースとの関わり方を考えるというエピソードだ。さながそよを連れて行った「沼の公園」は僕の家から少し離れた場所に実在する公園がモデルなのだが、僕は事前にそこにロケハンに出向き、幾つかの写真を撮って君に送った。そよとさなの服装は、二人の実際の私服を資料にして描いてもらうことにした。
――この場面は、物語の舞台が『さくらベース』とその周辺を中心としたものにシフトしていく為の重要な転換点だった。第一話を公開した時から、この物語はファンアートでありファンタジーのつもりで書いていると僕はずっと言い続けていて、魔法や転生は登場しないけれど、さくらベースとそこに携わる人たちのことを、自分なりのファンタジーの世界の住人として描こうと思っていた。そよ達は、住んでいる場所から少しの時間バスに乗ってベースに向かう。この20分ほどの道のりが彼女達にとって日常と非日常のスイッチのような役割というイメージだった。バスに乗って彼女たちが辿り着くのは、どこにでもありそうでいて現実にはなかなか存在しないような場所だ。そこでは時代設定も少し曖昧で、現在のようでもあり過去のようでもある。さなはある意味でその非日常の世界を象徴するキャラクターであり、天衣無縫な彼女が意識しないままに本質をえぐるような言葉をこぼし、それがそよを安堵させ前向きにさせる、という大切な場面を、僕は君の筆で描いてもらいたかった。
――個人的な印象だけど、今になって振り返ると、この2枚目の絵を描くのに君はいちばん苦労していたように思う。それは、この絵に "さな" が登場するからだった?(見当違いだったらごめん)でも、とにかく君が粘り強く向き合って完成させてくれた絵には、生い茂る森の樹々、枝の間から射しこむ午後の陽光、古びた木製のベンチとジュースの瓶、無心に喋り続けるさなと、前のめりな彼女に少し圧倒されながらも徐々に引き込まれていくそよ…。それらがまるでヨーロッパの絵本の扉絵のような雰囲気で描かれていて、間違いなく物語にとても豊かな彩とイマジネーションをもたらしてくれた。それから、余談だけど、この絵の相談をした時に食べたケーキ、美味しかったね。学芸大学のあの洋菓子店に、また行こう。
「かのとそよ」
~3枚目「かのとそよ」について~
この挿絵については、「遊技場で、かのとそよがで一緒にダンスの練習をしている」場面を描いたのですが、描くにあたり「動きが感じられるように」描く事を意識しました。ダンス経験のあるかのが、ダンス経験のないそよに教えている様が伝わりやすいように、仕草なんかを工夫して描くのが難しかったです。
――3枚目の絵のことを相談したのは、2020年の7月になってからだった。舞台の中心がさくらベースに移ってからは、人物、環境、状況、全てにおいて表現したいことが増えて、物語は当初の想定よりもずっと長くなりそうだということが分かってきて、文章を書くスピードもどんどん遅くなっていった。この場面は、実は、他の3枚とは違って "直接的に" 文章によって描かれてはいない。ダンスの練習に悩んだそよが自主練習をするために夜の遊技場を訪れるとそこにはかのがいて…という場面があるけれど、二人で一緒に練習をするところまでは書いていない。乱暴に言ってしまえば、僕は「二人が遊技場で練習している様子を想像して描いてほしい」というオーダーを君にしたというわけだ。でも、この場面は君にとっては想像しやすいものだったかも知れない。さくら学院のダンスレッスン風景のような、という言葉である程度の雰囲気が伝わるし、レッスン着の参考になる写真もあった。結果的に、文章で直接描かれていないこの場面は(だからこそ)、4枚の中で最も「モデルとした本人たちに近い絵」になったんじゃないかな。
――ももえとつぐの関係と同様、かのとそよの関係もまた物語の核心となる大切な要素だった。これは一人の物語であり、二人の物語であり、四人の物語であり、同時に十二人の物語なんだ。かのとそよの距離感は、もちろん、ももえとつぐのそれとは全く違う。かつて誰よりも仲が良かった二人も今はそれぞれ別の "社会" に属していて、でもそれが再びさくらベースという場所で交わっている。そこではあくまでもダンスというものを媒介にして繋がっているんだけど、二人の間にある信頼関係は、他のどのペアとも違う、独特なものだ。二人にとって夜の遊技場で過ごす時間は、ももえとつぐの帰り道と同じく二人きりでいられるほとんど唯一の機会であり、そして、ダンスの練習によってのみ成立していたこの二人きりの時間が、そよの心に確かに影響を与え、彼女に色々なことを決意させた。この絵には、僕がはっきりとは示さなかった二人のお互いに対する想いがふんわりと、でも的確に表されていると思う。「分かる?」と言うかのに「うーん…」と少し口ごもって答えるそよの声が聞こえてくるみたいだ。
「ゆめ」
~4枚目「ゆめ」について~
この挿絵については、「旅立つかのを追いかけて、茫然と立ちつくすゆめの姿」を描きました。とても切ない場面なんですけど、切なさのなかに「希望」が感じられるようにと、明るめの色合いで描くように工夫しました。少し専門的な話になってしまいますが、明るい印象の絵にしたかったので、絵全体の「主線」をピンク色で描いています。桜が風に揺れる様を表現するのに、桜の花を描くのに幾重にも色を重ねて描く事が大変でした。
――2021年3月29日に、僕の物語は最後のエピソードを公開して完結した。その本編の最後の場面を君が絵として描いてくれたのが、この4枚目の挿絵だ。夏以降、僕がストーリーを前進させる速度は更に遅くなっていき、この挿絵のことを相談したのは、3枚目を受け取ってから半年以上も後のことだったね。ちょうど日本武道館でBABYMETALのライブがおこなわれた2月20日、九段下のスターバックスでさくらのフラペチーノを飲みながら話をしたんだった。最後の1枚は「ゆめ」の姿を描いてほしい。僕はそう切り出して、挿絵の資料にする為に最後の場面のアイデアをプロットのようにまとめて書き上げたものを君に渡した。表現してもらいたいポイントは幾つかあった。ゆめがかののスニーカーを手に持っているということ。そこに見えるはずもない、上空を飛んでいく飛行機を追いかけるように呆然と空を見上げていること。その日は風が強く、満開を過ぎた桜の木からピンク色の雪のような花びらが落ちてきていること。そして、ゆめの服装と髪型。
――白いワイシャツにクリーム色のチルデンベスト、リボン、チェックのスカートに紺色のソックス。髪型は高い位置に短めのおさげを作ったハーフツイン、いわゆる「ミポリンスペシャル」。僕はこの絵の中で、ゆめを2019年度さくら学院の卒業公演(音楽ナタリー)と同じ姿で描いてもらいたかった(物語の季節を考えてワイシャツは長袖にしたけれど)。それは、物語が「ファンアート」であることをもう一度宣言する為でもあり、モデルにさせてもらった12人の少女たちへのリスペクトの気持ちでもあった。君が描いてくれたこの最後の挿絵を見て、何人かの人たちは2020年8月30日のことを思い出してくれたんじゃないかと思う。
――僕は素人だから技術に関して細かいことは分からないんだけど、この絵を初めて見た時にはとてもシンプルに「美しい」と思った。君が書いてくれたとおり、この場面は悲しくて切なく、でも目線はしっかりと前へと向いている、そんな場面だ。素直になれず、かのへ想いを伝えられなかった後悔と自責を飲み込んで、未来を見据えるゆめ。そんな彼女の姿を通して、僕は、誰もが過ぎ去った時間を取り戻すことはできないけれど、いつだってそこから未来を作って行くことができる、というようなことを描きたかった。全体を覆う桜のピンク色と、雲が晴れて力強い碧さの空、そしてそこから降り注ぐ白い光。この絵には確かに希望が溢れていて、見るたびにそれが僕の背中を押してくれるような気がするんだ。それから、主線がピンクで描かれていること、恥ずかしながら僕は君が言ってくれるまで、気が付かなかった。だから、ゆめの姿が太陽の光に包まれて輝いているように見えるんだね。それ以外にもこの絵は細かい部分まで本当に素敵で、それは写真ではなかなか伝わり切らないから、いつか、たくさんの人に原画を見てもらう機会ができるといいな。
最後に、この美しい「ファンアート」に携わることができて、とても光栄に感じています。少しでも多くの父兄さんに届いてほしい作品ですし、もちろん、純粋な小説としても楽しめる作品なので、父兄さんじゃない方にも読んでいただいて、さくら学院を知るきっかけになってくれれば良いなというふうに願っています。
――ひとつ打ち明け話をしよう。物語の中で、ここなとさなは絵本作家を目指してがんばっている、ということが描かれる。僕はここなを自分に、さなを君に重ねてそのエピソードを添えたんだ。もちろん、自分とここなを重ねるなんてことは自惚れているようでとても恥ずかしかったけれど、「二人で一つの作品を作る」、その片方の絵を描くさなを、どうしても君に重ねたかった。この物語は、君がいなければ間違いなくぜんぜん違うものになっていただろう。僕と一緒に作品を作ってくれて、ありがとう。そういう気持ちを、少しでも込められたらと思っていた。あらためて、本当にありがとう。またいつか、一緒に何かできることを願ってる。
*この記事は、『放課後、桜の基地で』の挿絵を描いてくださったKANAさんに、挿絵の振り返りというテーマでテキストを綴って頂き、そこに自分が加筆をして完成させたものです。絵は全てKANAさんの作品であり、文中の引用部分もKANAさんの執筆となります。
KANAさんのTwitterアカウントはこちら。→(@kanamyydayo)。
また、Instagramのアカウントでは彼の素晴らしい絵がたくさん公開されていますので、ぜひ訪れてみて下さい。→(kana_m_1226)
(2021年7月26日)