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中村天風と言葉

 私は今後かりそめにも 吾が舌に悪を語らせまい。
 否 一々吾が言葉に注意しよう。
 同時に今後私は 最早自分の境遇や仕事を、消極的の言語や 悲観的の言語で、批判する様な言葉は使うまい。
 終始 楽観と歓喜と、輝やく希望と潑剌たる勇気と、平和に満ちた言葉でのみ活きよう。
 そして 宇宙霊の有する無限の力をわが生命に受け入れて、その無限の力で自分の人生を建設しよう。(『天風誦句集』)

 
 中村天風は言葉を非常に重視します。そもそも、言葉があるからこそ、我々は人間だと言えるわけで、言葉がなければ、動物と同じになってしまいます。
 ベルナツィークの『黄色い葉の精霊―インドシナ山岳民族誌』(平凡社東洋文庫)は、孤立して山奥を放浪する原始未開部族について記した本ですが、孤立した部族も、言葉はもちろんもっています。語彙は極めて少なく、文法らしいものもあまりなかったようですが。
 
 さて、言葉がなかったら、「考える」ことはないのでしょうか。
 目を細めてひなたぼっこをしている犬や猫は、いったい何を考えているのでしょうか。かれらにもイメージの記憶はあるでしょうから、楽しい時の光景など脳裏に浮かべているのかもしれません。

 寝ていた犬が、何かに驚いて「ギャオン」と一声上げて目を覚ますのを見たことがあります。きっと悪夢を見たのでしょう。ということは、犬も夢は見ることはあるのでしょう。

 しかし、言葉がない以上、犬や猫がなにかを思考するということはなさそうです。喜怒哀楽を表現するワンワン、ニャアニャアの犬語、猫語はあっても、人間の言葉ほど複雑なものではないでしょう。しかも、その言葉は人間の運命に大きな影響を与えているのです。
 
 「一々我が言葉に注意しよう」
 つねに積極的な言葉を口にすべきで、消極的、否定的な言葉は決して吐いてはいけないと、天風は言います。積極的な言葉は人の運命を良いほうに導き、消極的な言葉は悪いほうに導くのだそうです。

 「なんで自分はこう不運なんだろう」とか「あの野郎気に食わねえな」とか、自分や他人に向けた消極的な言葉は、口に出してはいけないだけではなく、心の中でつぶやいてもいけません。消極的なことを考えないよう努めていれば、こういった言葉はおのずと出てこなくなります。
 
 とは言え、これを実践貫徹するのはなかなか難しいことです。日々の不満なぞは、ついつい口をついて出てしまうものではないでしょうか。機嫌のよい時ならともかく、なんとなく気が晴れない時、体調が悪い時などには、消極的な言葉が出やすいものです。

 「朝から鬱陶しいなあ」とか「体がだるくてやりきれないなあ」とか、つい口に出したり思ったりしがちですが、そんな時は、すぐに「……と昔は言ったものだが」と言って打ち消してしまえばよいと天風は言います。これを繰り返していれば、口をついて出ることもなくなるでしょうし、思いさえしなくなる日も来るのでしょう。

 その時、「宇宙霊の有する無限の力をわが生命に受け入れて」、つまり無限の力が遅滞なく障害なく、わが生命にあふれてゆき、運命もがらりと好転するのだと言います。
 
 と言っておいて、すぐに補足ですが、言葉にさえ気を付ければ、すべてがよくなるわけではありません。「観念要素の更改法」「積極観念の養成法」「神経反射の調節法」と三つの訓練が必要で、言葉は前の二つだけです。

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