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彼女と彼氏とカノジョとわたし。

自己紹介にも書いたように
わたしは所謂セクシャルマイノリティ当事者だ。
そして今もMIXbarで働いているから
わたしの周りにはLGBTQ+の人間がとても多い。
MIXbarについてはまた別記事にするとして
改めてわたしのセクシャルや今までの恋愛について
綴っていきたいと思う。

まずわたしがいちばん最初に自分のセクシャルに
違和感を抱いたのは小学4年のとき。 
当時わたしには同性の憧れの先輩がいた。
今考えてみるとそれはただの憧れを通り越して
淡い恋心だったのだろうと思う。
その先輩に名前を呼ばれただけでドキドキしたし
先輩と少しでも話が出来た日なんかはもう
1日中ずっとにやにやが止まらなかったくらいだ。
だからもしその当時の自分に会えたなら
それ憧れじゃないよー!アンタ完全恋してるよー!
なんて言って背中を押してあげたい。

まあ当時は今のようにLGBTの知識もなければ
自分自身で自覚もなかったもので
その先輩と別に何かが起こるわけもなく
先輩は卒業し、その後は他の女の子と同じように
同級生の男の子に恋をしたりしていた。

そしてわたしが自分がセクシャルマイノリティだと
はっきり理解したのは高校1年のときだ。
きっかけは高校に入学してすぐの頃。
わたしは同じクラスの女の子と仲良くなった。
彼女とわたしは出席番号が前後であり電車も一緒。
そして境遇や趣味等も似通っていて
もはや仲良くならない理由がないくらいだった。 

そして仲良くなった理由はもうひとつある。
それはわたしの一目惚れだ。
他の人から見たらそうでもないのかもしれない。
でもわたしからすると彼女はとても愛くるしくて
笑った顔もちょっぴり拗ねた顔も怒った顔も
どんな彼女も可愛くて愛しくて仕方なかったのだ。

「わたしは彼女のことが好きだ」

前述の先輩の一件もあったため
この感情に気付くまで時間はかからなかった。  

ちなみに後々彼女に何故わたしと仲良くなったのか
気になって聞いたことがあるのだが
彼女もわたしに対し同じように思っていたそうだ。

そんなわたしたちは気が付くと「恋人」として
お付き合いを始めていた。 
わたしにとっては初めての恋人。 
毎日一緒にお昼ご飯を食べて放課後は毎日デート。 
手を繋いで買い物をしたり、カフェに行ったり
ふたりでちゅーぷりを撮ったり
たまーに漫画喫茶でいちゃいちゃしたり。笑

大好きな人が自分のことを好きでいてくれて
自分だけを想って自分の瞳を見つめている。  
繋いだ手から伝わる彼女の温もり。柔らかい唇。
それらがわたしの強張った心を綻ばせていく。

わたしはとにかく彼女と過ごす毎日が幸せだった。
そして彼女のことを誰よりも愛していた。
これから先もずっと一緒にいるのだと思っていた。

だがそんな幸せも長くは続かない。

彼女からの別れは唐突だった。
ある日突然彼女はわたしの前から消えていった。
「彼氏が出来た」と嬉しそうにわたしに話して。

いつだか彼女から言われた言葉。
「貴女が男だったら良かったのになあ」
その言葉が心に重くのし掛かる。

やっぱり男には勝てないのか。
女のわたしはだめなのか。 わたしの方が。なんで。
悔しさ、空しさ、寂しさ。
そんな様々な感情がぐるぐると身体中を駆け巡る。

「もう女の子と付き合うのはやめよう」

彼女との別れを経験し、わたしはそう心に決めた。  

その後暫くは彼女のことを引き摺っていたが
数ヶ月した頃にわたしには初めての彼氏が出来、
そしてクラスも別になった彼女とは
顔も合わせないまま、連絡も取らないまま
わたしたちは高校を卒業した。

卒業後、初めての彼と別れた後も
わたしは別の男性とお付き合いをすることになり
このままこれから先もわたしは
男性とお付き合いを続けていくんだろうな
なんて思ったりしていた。

しかしその考え、決意が変わるときがやってくる。
別れてから連絡を取らないままだった彼女から
連絡が来たのだ。またしても唐突に。 

そして気付けばわたしは彼女と会う約束をしていて
気付くとわたしたちはホテルへと向かっていた。
彼女がわたしに連絡をしてきた理由も
彼女がわたしを都合よく利用していることも
全てわたしにはどうでもよかった。

彼女にもう一度会いたかった。触れ合いたかった。
彼女の心も身体も何もかも全てを
わたしで、わたしだけでいっぱいにしたかった。
深く、深く、愛し合いたかった。
わたしの脳内にはそれしかなかったのだ。

それから暫くの間、彼女とわたしの関係は続いた。
週の半分は彼女とずっと一緒にいた。
会えなかった間の寂しさを埋めるように
会えば1日中お互いの身体を貪るように愛し合った。

その間彼女に傷付けられることも多々あった。
一緒にいない方が良いことくらいわかっていた。
でも、それでも、離れられなかった。
わたしはまだ、彼女を誰よりも愛していたから。 

わたしと彼女の思い出はここで終わり。
唐突だ、と思うだろう。
だがまたしても彼女は、気が付くと
わたしの目の前から煙のように消えていたのだ。 
まるであんなに愛し合った日々が
すべて幻だったかのように。 

尻切れトンボのようになってしまったが
これが現実というものなのだ。
フィクションのような綺麗な結末などが
いつもいつも用意されているわけではない。

実際それ以降わたしは彼女と連絡も取っていない。

だが、前回の彼女との別れのときに抱いた
「女性との恋愛に対する恐怖」という感情は
いつの間にかわたしの中から消え失せていた。

それからもわたしは何人かの方に恋をした。
一緒に働いていたバイの男の子。
MIXbarのお客様だったバイの女の子。
アプリで知り合ったバイの女の子。
ゲイバーで仲良くなったゲイの男の子。
お付き合いをした人もいればしなかった人もいる。
もっと大切な存在になった人もいる。 

そして色んな人との恋愛を経て
今、わたしはわたしと同じパンセクシャルの
3つ下のカノジョとお付き合いをしている。
知的で朗らかで優しくて、でも人一倍繊細で
わたしとは異なる魅力を沢山持っている素敵な子。
実はこのnoteを始めたのもカノジョがきっかけだ。

カノジョとはゆっくりのんびり時間を掛けて
お互いのことを深く深く知っていきながら
わたしたちだけの幸せのかたちを探っていけたらと
最近何となくだがひとりで考えていたりする。
そしてカノジョとの近い将来を考えている時間が
今のわたしには何よりも幸せな時間だ。

自己紹介にも書いた通り
わたしはパンセクシャルだ。別名、全性愛者。
LGBT界隈でもあまり多く居ないため軽く説明すると男性or女性を好きになるバイセクシャルと違い
相手の性別やセクシャルに囚われず
人として好きになった人が好きというセクシャルが
わたしとカノジョのセクシャルである
「パンセクシャル」というものだ。

今まで好きになった人達も、今のカノジョも
決して男性/女性だから、好きになったのではない。
皆「その人だから」好きになったし、愛していた。
今までわたしが相手を好きになった理由のなかに
性別やセクシャリティなんて言葉はひとつもないし
そして逆に言ってしまえば
恋愛対象に入らない性別もセクシャリティも
わたしやカノジョにはないのである。

パンセクシャルについてbarのお客様に説明した後
よく言われることがある。

「それだけ愛せる人が多いって幸せじゃない?」

そうなんです。その通りなんです。
それが嬉しいんです。だからわたし幸せなんです。

確かにセクシャルマイノリティの人間に対する
偏見の目はまだ完全に無くなってはいない。
だけどわたしはこのセクシャルで生まれてこれて
今は本当に良かったと思っている。

ノーマルの人がこの記事を読んでどう思うのか
それはわたしにはわからないけれど
セクシャルマイノリティの人間だろうと
ただ大多数の人と同じように人を好きになって
好きな人と恋愛をしているだけなのだ。
ほんの少しだけ幸せのかたちが異なるだけで
それは大多数の人と何ら変わらないことなのだ。 
そこに何も特別なものなどはないのだ。

人と愛し合えることは、どんなかたちであれど
なんて幸せで、愛おしくて、暖かくて、心地好くて
そしてとてつもなく美しいものなのだろう。

そんなことをわたしは今日も
愛するカノジョの顔を脳裏に浮かべながら
ひとり考えている。










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