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麒麟の首

人口減少が笑い話では済まされないP県Q市の新人市議会議員・原玉まさるはどうしても市長になりたかった。
三期を終えて退く市長の後釜に座りたかった。
P県政界の重鎮、梶原首十郎は一笑に付した。
無理だよその首では。
座敷の畳に伏せたまさるに、天井付近から塩辛声が降ってくる。梶原の首は三メートルを優に超える。国会議員八期連続当選を成し遂げたのは分厚い地盤や他人の弱みを嗅ぎつける嗅覚だけのなせる技ではない。有権者は候補者を首の長さで選ぶ。首の長さが任期の長さなのだ。民主主義と首の長さに密接な関係があると見抜いたのはフランス革命期から何も変わらない。生き残るものが成し遂げる、それが政治の世界である。
まさるとて、それは重々承知の上だった。
変えたいんです。まさるはばっと畳に土下座した。先日子どもが生まれました。可愛い子です。でも、俺より首が短いんです。泣きぬれた顔を上げ、まさるは訴えた。世の中を変えたい、首の短い人間にも出来ることがあるって、あの子に見せてやりたいんです!
帰りたまえ。梶原は言った。
まさるは畳に額を打ち付けた。どうか!
素晴らしいですね。
ふいに、座敷に、誰かが入ってきた。
先生、困りますよ、入ってこられちゃ。
自分の屋敷だというのに、梶原の声がへりくだった。
この人にしましょうと先生が言った。
まさるは見上げた。
先生は首が長かった。
梶原の、P県政界にとぐろを巻く長首をまるきり下に見ていた。
先生の首が曲がり、頭が降りてきた。
つるつると掴みどころのない、卵のような微笑み顔だった。
麒麟の首がほしいですか。
きりんの、くび……
誰よりも長く、誰よりも高い。そんな首がほしいですか。
先生だめだ。梶原が泡を食っていた。そいつには子どもが。
ほしいとまさるは言った。
先生が満足げに笑んだ。そのツルツルの顔にシワが寄り、卵の殻にヒビが入るように、唇が分かれて言葉を紡いだ。
さしあげましょう、麒麟の首を。

【続く】

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