#35 梅一輪いちりんほどの暖かさ(嵐雪)/酒粕みるくぜんざい
詩を文字通り「味わう」ためのエッセイとレシピです。レシピもあるので、よかったら詩を読んで味わい、作って味わってみてください。
寒さのなかに見つけたのは
大寒波できゅうっと体がかじかむ。指が死んだようにつめたい。
こんなに寒い日に…とひとりごちながら、芸術活動の申請書類を出しに県庁に向かった。庁舎は四角ばっていて暗い灰色で、とても大きい。どこか人を緊張させるつめたさ。
寒さもあってつんのめり気味で入り口に向かう途中、ふわりと芳香がかすめた。ふっと顔をあげると、梅が咲いているのだった。
それだけ。それだけなのに。
こころがすこし、あたたまった。
梅一輪 いちりんほどの 暖かさ 嵐雪
松尾芭蕉のお弟子さん、服部嵐雪(はっとり・らんせつ)の作。
梅が寒々しい枝に一輪咲いている。もちろん、実際には、花は人をあたためてくれはしない。でも、見た人の心をたしかにポッとあたためてくれる。春の陽光を思うから?いじらしさに胸が温まるから?かじかむような寒さと、かすかな温もりを感じる句だ。
ちなみに、「梅が一輪一輪咲いていく、そのたびにあたたかくなっていく」という解釈もある。ただ、詞書(前書き)に「寒梅」とあり、冬に詠まれた句なので先の解釈がしっくり来るだろう。また、俳句はなんといっても「節約」の詩形だ。たった17音という制約のなかで、「一輪」ということばを2度も無駄にくりかえすはずがない。「梅一輪」たったそれだけなのに、という小さな驚きがこめられているのではないだろうか。
酒粕でほっとあたたまる。みるく白玉ぜんざい
この句からイメージするのは、ほっと和むぜんざい。からだをじんわりあたためる酒粕いりのぜんざいはどうだろう?ふわり、と白玉を浮かべて。
【材料】2人分
・白玉粉80g
・水70cc~
・酒粕 小さじ1(お湯でとく)
・砂糖 小さじ1(三温糖がおすすめ)
・牛乳 200cc
・ゆであずき(つぶあんやこしあんでも可)
・ベイリーズミルク 小さじ1(お好みで)
【作り方】
①白玉粉を水を入れてねり、耳たぶくらいのやわらかさにする。
②沸かしたお湯に白玉を投入し、浮かんできたらすくって冷水にとる。
③ゆであずきを弱火で煮詰め、好みですりつぶす。ベイリーズミルクをかけ、なじませる。(ほかの洋酒に変えても、なくても可)
④牛乳をあたため、酒粕(お湯でとく)、砂糖を入れる。白玉を投入。
⑤うつわに盛り、あずきをそえる。
小豆にほんのりとまとわせたベイリーズミルクの豊潤な香り(小豆とベイリーズミルクは、妙にあう)。ふんわりとした白玉。食べた後に、じんわりあたたまるのは酒粕のおかげだ。冷えたからだもすっかりあたたまる。
時は流れ、詩歌は残る
この句は長いこと人に愛誦され今も残っている。昔の人も、寒い中を足早に歩いていたら梅に気づき、《おや、「梅一輪、いちりんほどの暖かさ」ってほんとだなぁ…》と和む瞬間をくりかえしてきたのではないだろうか。
そうして、また春が来る。
記事で最初のほうに「嵐雪の作」だと書いたけど、実は、この句が嵐雪のものだと忘れていた。梅の花を見て、「梅一輪…」の歌がまず頭に浮かび、あたたかい和のスイーツに連想が飛び、「そういえば誰の作?」と調べたら嵐雪だった…そういう順番だった。愛され、人の口にのぼった詩歌ほど、作者の存在は消えゆく。ほんとうの傑作というものは、絵にしろ詩にしろそうかもしれない。さて、嵐雪と其角は弟子の中では「二強」、其角のほうが残された記述や本も多く、後世のひとに愛されている感がある。でも俳人・嵐雪の存在が薄れ、忘れられながらも句だけは時代を超え人の心に受け継がれ、いまでも梅を見れば思い出す人もいるのだ。
時は流れ、詩歌は残る。
作者とおすすめの本
▼作者についての私的解説
服部嵐雪(はっとり・らんせつ)1654年〜1707年
江戸・湯島生まれ(※諸説あり)
下級武士の家に生まれ、若い頃は遊里や芝居通いは日常茶飯事。そんな「ワル」だった嵐雪は21歳の頃、芭蕉に入門し弟子となる(何があったんや?)。弟子の中では榎本(宝井)其角に並ぶ最古参の一人。芭蕉も嵐雪の才能を高く評価しており、「草庵に桃桜あり。門人に其角嵐雪あり」という俳句を詠んでいて、お花と並べるあたり愛と充足を感じる。(その愛が鬱陶しかったのか、嵐雪は芭蕉を避けるようになったらしいが)作風は柔和、温雅。
▼おすすめの本
芭蕉の門人たちの句を読めます。
師匠、芭蕉の「おくのほそ道」をわかりやすく。教科書で習ったおくのほそ道。久々に読むのもいいですね。大学のときの男友だちが「おくのほそ腕」というパロディで歌をつくってはメールで送りつけてきたのを思い出す。
門人として二強だった榎本(宝井)其角。大らかで、色気もたっぷりあって、江戸文化の華。江戸っ子の粋や人情はたまに摂取したくなる(個人の感想です)。