#27 夕星は、かがやく朝が…(サッポー)/ユワレラキア(肉団子のレモンクリームスープ)
夜眠るまえ、古びた大きな『世界名詩選』をぱらぱらめくる。神を讃える勇壮な紀元前ギリシャ詩にまじって、この歌はひっそりと豊かに腕を広げていた。詩の女神(ムーサ)こと、サッポーの詩だ。
夕星(ゆうづつ)
夕星は、
かがやく朝が八方に散らしたものを
みなもとへ連れかへす。
羊をかへし、
山羊をかへし、
幼な子をまた 母の手に
連れかへす。 (呉 茂一訳)
朝が八方に散らす。夕が連れ返す。
その対比とスケールがみごとだ。
穏やかに、寄せてはかえす、あたたかで懐かしい日々。
心はいつも、どこかへ帰りたがる。
もう家に帰ろう。家でスープが待っている。
夕方、道を歩いていて、どこからともなく煮炊きする香りが漂ってくると、なんとも強烈なノスタルジアを感じる。心がやぶけるほど甘い。
わたしは19で家を出てずっと自分で自分のご飯を作っているのだが、だからこそ余計に「誰かが作ってくれたごはんの香り」には惹かれる。
それは海外にいても同じだ。一日中、馬でモンゴルの草原を駆け回って、帰ってきたらゲルから煙が上がっていて、スープの香りがした。あの乳くさい草の香り。
とうに大人になってからの出来事なのだが、言葉に出来ないほどのゆるゆるとした安心と甘美を感じた。
「もう夕方だから、家に帰らなきゃ」「夕ごはんが待っている」これは人類のDNAに深く刻まれた本能なんじゃないかとおもう。だから紀元前7世紀のサッポーの詩がこんなにも胸にすーっと入ってくる。
家に帰ってきたら、「おかえり」と抱きしめられて、あたたかいスープを飲みたい。そこでギリシャ風スープ「ユワレラキア」を作った。
ユワレラキアは、肉団子のレモンクリームスープ。
牛肉で作った肉団子からじんわりとうまみが溶け出した黄金のスープは、まろやかで爽やかな味。卵とレモンと肉団子ってどんなんよ、と思ってたけど、卵黄が絶妙に味をつないで美味しい。
材料
水 1000cc
コンソメ 3g
牛ひき肉(合い挽きでも可) 300g
塩 3g
パセリみじんぎり 適量
生米 30g
玉ねぎみじんぎり 1/2個
甘酒 大さじ1 ※なければ全卵1個
黒胡椒 少々
レモン 1/4個
卵黄 1個
作りかた
・パセリと玉ねぎはみじん切りにする。
・牛ひき肉、塩、パセリと玉ねぎ、甘酒(もしくは卵黄)、黒胡椒をまぜ、まるめる。
・水とコンソメを鍋に入れ、煮立たせる。
・肉団子をスープに入れ、30分ほど弱火で煮込む。
・卵黄とレモンをまぜ、スープを少しずつ入れながらよくまぜあわせる。
※分離したり煮立ったりしないように、少しずつ!
・スープに合流させ、ひと煮立ちしたらできあがり。
肉団子は米が入っているので、どこか懐かしい感じもする。
甘酒は、肉団子をやわらかくジューシーにし、コクを足すためにいれていて、全卵に置き換えてもかまいません。
コツは黄身にすこしずつスープを入れ、スープの温度となじませてから一体化させること。新しいような、なつかしいような味です。
作者とおすすめの本
▼作者についての私的解説
サッポー(サッフォー)紀元前7〜6世紀ごろ レスボス島生まれ
生前から詩人として有名であり、レスボス島に少女たちを集め、詩や舞踏を教えた。美しい才媛サッポーは少女たちのあこがれの的だったらしい。「夕星は…」の歌は、集った少女のうちの一人に送った祝婚歌といわれる。
『ミュティレーネの苑におけるサッポーとエーリンナ』(シメオン・ソロモン)サッポー(右)。描かれているエーリンナ(左)も詩人。
ちなみに、エーリンナが主人公の「うたえ!エーリンナ」(佐藤二葉さん)大好き。サッポーのサロン(女学校)にエーリンナが通うというストーリー。詩人を夢見て突き進むエーリンナの挑戦と、エーリンナのがんばりの源・バウキスとの友情に泣けます。おすすめ!
▼「ケシカラン」と焼かれて
その当時から愛の詩といえばサッポー。ただ、そこが後世(古代ローマ時代)には「頽廃的である、ケシカラン!」として、非難の的となり、多くの作品が失われたんだとか。400年頃、キリスト教徒はサッフォーの詩が多くおさめられていたアレクサンドリア図書館を破壊し、蔵書を焼き払った。サッポーの一部の詩は、キリスト教徒からの迫害を逃れササン朝ペルシアへ亡命した学者たちの手で現在まで残っている(ありがとな)。サッポーの詩はルネサンス期に再発見され、今に至る。
焚書した当時は当時の正義っちゅうもんがあったんだろうけど、今なお胸を打つこの詩を読むと、「なにしてくれてんねん」って心の中の大阪人が大騒ぎ。サッポーの詩は、ギリシャ詩集のなかにあってほかの詩人にはないウィットに富み、感情を詠むのにすぐれ、わたしから見てもわかるくらいに異彩を放っている。大きな思い出を心に広げてくれる詩人…いや、詩女神(ムーサ)である。
さても、詩は大事だ。時は流れ、詩は残る。
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