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小牧太騎手の園田競馬移籍について

はじめに

 この記事では、小牧太騎手のJRAから兵庫県競馬移籍について解説していきたいと思います。まずは皆さん、小牧太騎手についてはご存知でしょうか?競馬ファンの方でしたら当然知っているという方も多いと思います。小牧太騎手は2024年の7月までJRAに所属していた現役のジョッキーで、GⅠ2勝の実績を誇る名手の一人。現在は兵庫競馬所属となっています。弟は現兵庫県競馬調教師の小牧毅、息子は馬術競技出身で現JRA所属の小牧加矢太騎手です。以下簡単に、小牧太騎手の経歴について振り返ってみたいと思います。

小牧太騎手の経歴

 小牧太騎手は1967年鹿児島に生まれ、1985年に兵庫県競馬でデビューを果たしています。1992年に初めて兵庫リーディングジョッキーに輝くと、そこから9年連続を含む10回のリーディングを獲得しています。また、1994,1996年には地方競馬のリーディングを獲得しており、まさに兵庫のみならず地方競馬を代表する騎手の一人であったといえるでしょう。同時期の兵庫競馬のライバルには岩田康誠騎手がおり、後に共にJRAへ移籍することとなります。
 2003年のJRA騎手試験に合格後、2004年にJRAに移籍。移籍後のハイライトに、2008年の桜花賞をレジネッタで、2009年の朝日杯フューチュリティステークスをローズキングダムで制したことが挙げられます。2004年から2017年にかけて毎年40-70勝程度を記録するなど安定した成績を残しており、関西の有力ジョッキーとして地位を築いてきました。

苦境

 こうしてJRA移籍を成功させた小牧太騎手でしたが、2018年より急速に成績が落ち込みます。この年自己最小の8勝に終わると、それから勝ち星が二桁をかぞえることはありませんでした。原因の一つに、懇意にしていた橋口弘次郎調教師の引退が挙げられます。騎乗数も以前から大きく減少しており、2023年のnetkeibaの取材に対しては引退を考えていたことを明らかにするなど、騎手人生は曲がり角を迎えていました。

前代未聞の中央から地方への移籍

 小牧太騎手が久々に注目を集めたのは、2024年4月11日の園田競馬での騎乗後、地方競馬全国協会の騎手免許試験を受験し、兵庫県競馬に復帰する意向を示した時でした。戸崎圭太騎手や内田博幸騎手のように、地方競馬からJRAに移籍した騎手は数多く挙げられますが、地方競馬からJRAに移籍した騎手が再び地方競馬に移籍したケースは前例がなかったため、驚きを以て受け止められました。

※一応元JRA騎手が地方競馬の騎手免許取得を目指した事例はあります。例えば2017年には藤田伸二騎手がホッカイドウ競馬での復帰を目指しましたが、残念ながら不合格となり、移籍には至っていません。

移籍決断のきっかけと一つとなったのは、2024年3月28日の園田競馬場で行われた第1回西日本ネクストスターをリケアサブルで制したことです。旧知の田中守調教師が管理する同馬に騎乗し、見事2004年以来となる園田競馬場での重賞勝利を飾っています。
 その後5月の1次、7月の2次試験に合格し、8月1日付けで兵庫県競馬・中塚猛厩舎所属の騎手として復帰する運びとなりました。
 7月21日の小倉競馬が、JRA所属の騎手として最後の騎乗となりましたが、その最終12Rでモズアカボスで勝利をおさめ、有終の美を飾っています。移籍セレモニーでは息子の加矢太騎手や弟の毅調教師も駆けつけ、JRAジョッキー小牧太としては大団円を迎えました。

兵庫県競馬への復帰後

 小牧太騎手は2024年8月14日より園田競馬で騎乗開始、同日の2Rをエイシンジェットで制し好スタートを切っています。記事執筆時点での2024年9月7日現在では、移籍後55戦に騎乗して11勝24連対、勝率20%連対率44%の好成績を残しており、まだまだその騎乗技術・勝負勘に衰えがないことを示しています。兵庫県競馬にはエースの吉村智洋騎手をはじめ若手のホープ鴨宮祥行騎手やベテランの川原正一騎手も所属しており、名手ぞろいの兵庫県競馬でレジェンドの小牧太騎手がどれだけの活躍を魅せてくれるかに期待が集まります。

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