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ゾンビと母と私
小学生の頃、私は同じ町内に住むA君と仲良しだった。
集団登下校はいつも一緒。放課後になると、ランドセルを揺らしながら、サイクリングロードを駆け抜け、彼の家に直行していた。
彼の家にはテレビゲームが山のようにあった。PlayStationやWii、そしてホラーゲームのソフト。なぜか、どれも15歳以上向けばかり。小学生の頃は、周りの影響を受けやすい。最初は嫌悪感を抱いていたが、彼と一緒に遊ぶうちにホラーゲームにのめり込んでいっている自分がいた。
特にカプコンの『バイオハザードアンブレラ・クロニクルズ』には夢中になった。このゲームは二人で協力プレイができる。ゾンビゲームは基本、一人プレイものが多い。二人でコントローラーを振り回し、迫りくるゾンビを銃で倒して喜んだり、怖がったり。時にはボスを倒せず苦戦したり。いつもゲームから流れる気味の悪いBGMをかき消すぐらい、大声ではしゃいでいた。
ある日、バイオハザードシリーズの新作映画『バイオハザードⅤ リトリビューション』が公開されることを知った。それをどうしても観たかった私には一つ問題があった。
誰が映画館に連れて行ってくれるのか、だ。
私の両親はホラー系には否定的な模様。日本の夏の風物詩『本当にあった怖い話』が始まると、すぐにチャンネルを変えるほどだ。だから、バイオハザードを観に行こうなんて言ったら、反対されるのは目に見えていた。
それでも、一か八かダメもとで、母にお願いしてみた。
「バイオハザードの新作映画一緒に見に行ってや」
「ゾンビ映画なんて、あんな銃で人を殺す映画、気持ち悪いし、連れて行きません!」
「ゾンビは人じゃないし!」
当時の私は、そんな屁理屈ばかり言っていた。
そんな母との行く行かないの押し問答が続き、ついに母が折れる。次の日曜日に母と二人で近所のショッピングモールにある映画館へ向かった。
上映中、母の横顔が印象的だった。怖いシーンでは顔を引きつらせ、ポップコーンを食べるスピードが上がっていた。でも、なんだかうれしそうにしたり、色んな表情をしていた母の姿を今でも覚えている。どういう気持ちで見ていたのだろうか。
それが、母と二人だけで観た最初で最後の映画だった。
それから時は流れ、大人になった私は正月に帰省し、母とこたつでお雑煮を食べながら、思い出話をしていた。
「なんで小学生の時、ゾンビ映画なのに見に行こうと思ったの?」
「しつこいあんたに根負けしたからよ」
……本当は?
「なんかゾンビ映画って、いっぱい登場人物が出てくるでしょ」
……うんうん?いや、生存者は少ないし、他のジャンルの映画の方がキャストは多いと思うけど。
「ゾンビだって登場人物じゃん!」
確かに、ゾンビ役の人たちもキャストだ。そう考えるとかなりの数になりそうだ。
そして母はこんなことまで言い出した。
「ゾンビ役になってもカッコいい人って、いるかもしれないじゃん!」
「メイクで隠せないカッコよさがあるのが、本当のいい男なんだから」
そうか、母は面食いだったのだ……。
それで、イケメンゾンビはいた?
「やっぱりゾンビはゾンビ。気持ち悪いだけだったわ」
でも、映画の内容は面白かったようで、私が知らぬ間に、母はバイオハザードシリーズを全作鑑賞していたという。
母がゾンビ映画に好感を持ってくれたのは、あの時、無理に映画に誘ったおかげだと思う。でも、母が「イケメン探し」のために映画に来ていたことは、今でも衝撃的だ。
最近では、母と二人でお出かけをする機会もほとんどなくなった。いつかまた二人で映画でも見に行けたらいいな。
お茶目な母よ、末永く元気でいてください。
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