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オールドファッションな父

年末年始、1年ぶりに帰省した。

物で溢れかえった変わらぬ光景に安心する日々。朝、布団から目覚めると、母が具沢山のお雑煮を作ってくれていた。一人暮らしで質素なご飯を食べていた私にとっては、それはご馳走であった。そして、雪国の朝は寒い。暖を取る猫のごとく、灯油ストーブの一番良い場所を陣取り、お餅を頬張るのが何とも幸せな時間だ。

テレビをつけると、箱根駅伝がやっていた。襷(たすき)を受け継ぎ、ランナーが箱根・芦ノ湖から東京・大手町へ向かって走っている。こんな寒い中、半袖半ズボンで走る彼らの姿に勇気づけられる。毎年、「来年は、大手町で彼らの勇姿を見届ける」と、母に呟いていることを思い出したが、今年もその夢は叶わなかった。だが、今こうして母の作ったお雑煮を食べながら、「まぁ、これも悪くないか」と思う自分がいる。この時間はまるで、昨年、置き忘れた記憶を取り戻す、大切な儀式みたいだ。

そんな時間も束の間、どこかに出かけていた父が帰ってきた。手にはミスタードーナツの箱。久しぶりに帰ってきた息子に何かしてあげたい気持ちになったのだろう。私の大好物のドーナツを買ってきてくれたのだ。

私のお腹が鳴る。箱を開ける瞬間のワクワク感はミスド特有のものだ。

しかし、蓋を開けた瞬間、私の目は丸くなった。私のドーナツ史に風穴を開けるくらいの衝撃が走る。

我が父のドーナツセンス……。

イーストドーナツ2つ、チョコレート2つ、そして中央にはオールドファッション(チョコ)が6つ……。絶対にそうはならないだろ、という衝撃のラインナップだった。

ミスドの一時代を築いてきたポンデリングは何処へ?

家族全員が思わず声を揃えた。もちろん、オールドファッションも好きだ。だが、もう少しねえ……この何とも言えない気持ち。あえて言語化しなくても伝わりそうな、これは明らかに偏りすぎている。もっとバラエティに富んだ選択があってもいいのではないか。年始にわざわざドーナツを買ってきてくれた父の行為には感謝したいが、その選択はナンセンスと言わざるをえなかった。

父のドーナツセンスに疑問を投げかけなければいけない。この愚行を許しておくものか。父をドーナツナンセンス罪で起訴し、食卓の長机の前に父を座らせ、取り調べを行うことにした。

父の言い分はこうだ。

「ポンデはドーナツではない!」

綺麗な円形ではないものは、ドーナツではないらしい。そして、ポンデリングの売りであるモチモチ食感も彼には受け入れられないそうだ。カリカリでサクサクが真のドーナツだという。まさにオールドファッションへと至る方程式のようだった。ドーナツ界に新風を吹き込んできたものが、父の中ではドーナツとして認識されていないとは。

父の論理に家族全員が脱力した。オールドファッションなセンスには脱帽である。長年一緒に暮らしている母でさえ、父の知られざる一面に衝撃を隠せない。

ただ、よく考えてみると、これは父の「古き良きもの」へのこだわりの表れなのかもしれない。

以前、英和辞典で「old fashion」を調べたことがある。基本的な語義として、「流行おくれ」、「時代おくれ」、「旧式な」などが並んでいた。まさに父のドーナツセンスのようだ。でも、日本語チックに考えてみると、「古風な」、「古き良き」みたいに良い意味とも読み取れたりもする。古臭さに趣があったり、と言い換えてみれば、ポジティブなニュアンスにもなりそうだ。実際、英語ネイティブは「old school」という「伝統的な」、「昔のやり方を好む」みたいな比喩的表現を好んで使ったりもする。

となると、頭ごなしに父のオールドファッションなセンスを批判するのも良くはない。

ふと家の中を見渡せば、父が大切にしているアナログラジオが目に入る。私自身もまた、古着、古本、陶器といったものに惹かれる傾向がある。思えば、私がこうした趣味を持つようになったのは、父の影響なのかもしれない。昔、東京の中野に住んでいた頃、高円寺に古着や古本などを探しによく行っていたな。暇さえあれば、かっぱ橋道具街に陶器などを見に行ったりもしている。しっかり、父の背中を見て育ってきたのだなと思わせられる。

父の「古き良き」センスは、確かに偏っている。それでも、彼のおかげで私の人生が豊かになったのは事実だ。

とりあえず、次は「ポンデを買ってくるように!」と言い、父への取り調べは終了した。

そして、箱根駅伝を見ながら、「これはこれでありか」とぶつぶつ言いながら、美味しそうなオールドファッションを頬張る。この出来事は、私のドーナツ史に刻まれることとなった。



【PS】
東京に戻る前、父が満面の笑みで、再びミスタードーナツを買ってきた。

我が父のドーナツセンス2

…父よ。

そうではないんだよ。

「ポンデを頼みます」と、言いましたが......。このラインナップもなんだか可笑しくて可笑しくて。もう諦めなければならないのかな。この世にはどうしても変えられない物事があるみたいだ。あなたはきっと正直者で素直なんだよな。

こうなったら、父のオールドファッションなドーナツセンスを保存していくことが、私の使命だと思えてきた。

父よ…。このままであってくれ。

時代の流れに取り残されていく、彼の生き様はドラマチックだと感じた。

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とますけ
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