【短編】デニムジャケットのポケット 第1話(全3話)
デニムジャケットの左胸ポケットには、ルイという少年が住んでいた。彼の世界は緑豊かな森で覆われ、どこまでも続く木々が生い茂っていた。風が木の間を抜け、鳥たちが空を舞い、森はいつも穏やかだった。森の中では、ルイの友人である黒い羽のカラス、ラオがいつも彼と一緒にいた。二人は言葉を交わさずとも通じ合う仲だった。
ルイにとって、この森はすべてだった。彼は生まれてからずっとここで暮らし、森の隅々まで探検していた。湖、丘、そして誰も行ったことがない「終わりの谷」。森の大人たちはその場所には決して近づかないようにと彼に教えていたが、ルイはその謎に惹かれずにはいられなかった。
ある日、ルイとラオは、いつもよりも奥深く森に足を踏み入れていた。特別な理由があったわけではない。ただ、その日はなぜか無性に歩き続けたかった。普段は聞こえる鳥のさえずりや木々のざわめきも、どこか遠く感じられた。静けさの中に潜む緊張感が、ルイの心を不安にさせた。ラオもまた、急に静かになり、鋭い目で周囲を見渡していた。
彼らが進んでいくうちに、ルイは足元に違和感を覚えた。まるで、見えない壁にぶつかったかのように森が途切れたのだ。ルイは驚きとともに立ち止まり、後ろを振り返った。だが、森は今までと変わらずそこに広がっている。だが、その先にある空間は、森の自然な広がりとは違っていた。そこに「終わり」があるような感覚があったのだ。
「ラオ、何か感じる?」とルイは問いかけたが、ラオはただ彼の肩に止まり、無言で頷いた。森の奥には、何かが待っている。ルイはその強烈な感覚に引き寄せられるように、再び歩みを進めた。
一方、ポケットの外側、日本のとある小さな町でエイトという青年がバイクを走らせていた。彼はジーンズにデニムジャケットを羽織り、無意識に左胸のポケットに手を入れていた。ポケットの中の感触は冷たく、落ち着くような感じがした。
エイトは最近、心の中に大きな空虚感を抱えていた。仕事はフリーランスのメカニック。バイクの修理やカスタムをして生活していたが、不況の影響で仕事は減り、収入も不安定だ。彼は田舎町を走ることで、何とかその不安を忘れようとしていた。
今日は、特に目的もなく町外れの道を走っていた。緑が広がる田舎道は心を少し落ち着かせたが、それでも胸の中の虚しさは消えなかった。エイトはふと、左胸のポケットに手を入れて、何もない空間を探るように指を動かした。いつもよりも、ポケットの奥深くに何か感じるような気がして、彼は少しだけ手を引っ込めた。
そのままバイクを止め、エイトはふと目に入った森の小道にバイクを乗り入れた。この道は、彼が子供の頃に友達と遊んだ場所だった。彼はバイクを降り、森の中へ歩き出した。普段の忙しさを忘れ、一人で自然に包まれたいという気持ちが沸き上がったのだ。
森の静けさの中で、エイトはただ無心に歩き続けた。鳥のさえずりや木々のざわめきが心地よく響いたが、やがてその音も遠ざかり、深い静寂が彼を包んだ。そして、ポケットの中の冷たい感覚が、再び彼を引き寄せるようにした。
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