見出し画像

狭い楽園〜脱衣所生活〜

家の中でも狭い場所、そして本来なら長居するはずのない空間――脱衣所。
そこに籠城しようと決めたのは、単なる思いつきだった。だが、その狭さが、いつの間にか俺の心を癒していく。

狭さの魅力

脱衣所が好きだなんて、大きな声では言えない。だが、あの閉ざされた狭い空間にいると、不思議と安心するのだ。四方が壁に囲まれ、背中を預けられる感覚。広いリビングや寝室では得られない心地よさが、そこにはある。

それに、狭い場所にいると、自分が世界に溶け込んでいる気がする。あの限られた空間こそが、俺の小さな楽園なのだ。

最初は何気なく、風呂上がりに脱衣所に座り込んだ。それが妙に落ち着いて、そこから抜け出したくなくなった。試しに布団を持ち込んでみたら、案外快適で、ヒーターを追加すれば完全に“住める”状態になった。

こうして、俺の「脱衣所暮らし」が始まった。

狭さを味わう一日

朝、脱衣所で目覚めると、すぐ目の前に洗濯機が見える。この距離感がたまらない。寝返りを打つたびにどこかが壁や物に当たる感覚――その制約が、かえって心を安らげるのだ。

「よし、朝ごはんを買いに行こう。」

脱衣所を出て、服を着替え、近所のコンビニへ。朝食はサンドイッチとコーヒー。冷たい冬の空気に触れるのは一瞬で十分。家に戻り、再び脱衣所へと帰還する。

狭い空間に腰を下ろし、コーヒーを啜る。この瞬間、何もかもがちょうどいいバランスになる。

昼の充実


午前中はスマホで動画を観たり、本を読んだりして過ごす。大きなテレビも豪華なソファもいらない。この空間があれば、それだけで十分なのだ。

昼食はまたコンビニで豪華に済ませる。おにぎり、カップラーメン、そしてデザートのプリン。普段ならリビングで何気なく食べるだけのものが、脱衣所に持ち込むと特別なものに感じられる。

食後の昼寝は格別だ。狭いスペースに体を押し込め、壁に背を預けながら目を閉じる。洗濯機の微妙な振動を感じながら眠る時間は、広いベッドでは得られない快感がある。

狭さがもたらす安心


午後は体を動かす時間。洗濯機を足に引っ掛け、簡単な腹筋運動を始める。狭い空間だからこそ、余計な動きが抑えられ、効率的に鍛えられる気がする。

その後は、ただぼんやりと考え事をする時間だ。仕事や将来のこと、そしてこの狭い空間に惹かれる理由。広い場所には広い場所の良さがある。だが、狭い場所には狭い場所にしかない魅力がある。

誰にも邪魔されず、自分だけの空間で、自分だけのリズムを守る。それが脱衣所暮らしの醍醐味だ。

夜のひととき


夜になると、再びコンビニへ向かう。カップ酒を買い、簡単なおつまみをいくつか選ぶ。そして脱衣所に戻り、狭い空間で一人酒を楽しむ。

狭さの中で味わう酒は、どこか濃密な味がする。ヒーターの温かさに包まれながら、スマホで昔の映画を観る。そのまま眠りに落ちる瞬間は、最高の安らぎだ。

狭いからこそ見つかるもの


一週間、脱衣所で過ごしてみてわかったことがある。人間は、広い空間にいれば幸せになれるわけではないということだ。むしろ、限られたスペースの中で、自分にとって本当に必要なものを見つけるほうが大事だと思う。

脱衣所暮らしを他人に話すことはないだろう。でも、こういう経験をしたからこそ、自分が何を大切にしたいのか、少しだけ見えてきた気がする。

この狭い楽園は、いつでも俺を受け入れてくれる。何もかもが広すぎて疲れた時、俺はまたこの場所に戻ってくるだろう。

「広い世界がいいとは限らないよな。」

脱衣所の壁に触れながら、そうつぶやいた。

いいなと思ったら応援しよう!