
ゾルヌの午後、ラリーは続く【BASE連携】
この服には、誰かの物語がありました。
袖を通すように、想像しながら読んでみてください。
※前の持ち主をイメージしたフィクションです。
1
1997年、フランス・リヨン郊外。
町の外れに、**クラブ・デ・ゾルヌ(Club des Aulnes)**という小さなテニスクラブがある。
古びた赤土のコート、ペンキの剥げたベンチ、試合の合間にワインを飲む地元のメンバーたち。
競技志向というよりは、週末に集まってのんびりプレーする、そんな場所だった。
ある日、そのクラブにひとりの若者が訪れた。
ルカ、24歳。
「すみません、ここでプレーしていた祖父のことを知っている方はいませんか?」
クラブのメンバーが顔を見合わせる。
「ルカ……ミシェルの孫か?」
祖父のミシェルは、このクラブに長く通っていたが、数年前に引退していた。
「じいさんの遺品を整理してたら、これが出てきたんです。」
ルカが手に持っていたのは、ネイビーとグリーンのウインドブレーカー。
袖には「P. SP. DES AULNES」とロゴが入っている。
それを見て、会長のジャンが笑った。
「懐かしいな。昔、クラブで作ったウインドブレーカーだ。」
「せっかく来たんだし、ちょっとラリーしていくか?」
ルカは驚いた顔をした。
「いや、俺、テニスなんてやったことないですよ。」
「大丈夫、誰だって最初は素人だ。」
そんな流れで、ルカは思わぬ形でテニスラケットを握ることになった。
2
コートに立ち、ルカは借りたラケットを構えた。
「ほら、軽く打ってみろ。」
クラブのメンバーのひとりが、ゆっくりとボールを送る。
カコン——。
あまりにも変な打ち方をしてしまい、ボールは大きくアウト。
「ははっ、ミシェルの孫でも、最初はそんなもんか。」
ルカは苦笑いしながら、もう一度構えた。
何度か打ち返しているうちに、少しずつ感覚が掴めてきた。
そして、不思議なことに、ウインドブレーカーを着ていると妙に落ち着く。
「じいさん、こんな感じでテニスしてたのかな……。」
練習が終わる頃には、メンバーたちがワインを持って集まっていた。
「ルカ、お前、なかなか筋がいいじゃないか。」
「いやいや、全然ダメでしたよ。」
「まあ、続けてればすぐにうまくなるさ。」
「また来いよ。」
ルカは断る理由もなく、「……はい」と返事をした。
3
それから数週間、ルカは毎週末クラブに通うようになった。
練習の後、ワインを飲みながらメンバーたちの昔話を聞くのも楽しかった。
「ミシェルは、最後に試合に負けたあと『もうテニスはいい』って言って来なくなったんだ。」
「それっきり、ラケットを握ることもなかった。」
「もったいないよな。」
ルカは、ウインドブレーカーの袖を見つめた。
ある日、ジャンが言った。
「来週のクラブ対抗戦、ダブルスのメンバー足りないんだよな。」
「ルカ、お前、出るか?」
「えっ?」
「まあ、勝ち負けは気にしなくていい。ちょっと試合を経験してみろよ。」
ルカは迷ったが、結局OKすることにした。
4
試合当日。
ルカのペアは、クラブの中でもベテランのアンドレ。
「緊張してるか?」
「まあ……ちょっと。」
試合が始まる。
最初のうちは、ルカのミスが目立った。
しかし、ウインドブレーカーの袖をギュッと握ると、なぜか落ち着いた。
——じいさんも、こんなふうに試合をしてたのかな。
少しずつ、ラリーが続くようになった。
結局、試合には負けたが、クラブのメンバーは笑っていた。
「よくやったじゃないか!」
「これでお前も、クラブ・デ・ゾルヌの一員だな。」
ルカはコートのベンチに座りながら、ウインドブレーカーを脱いで膝にかけた。
祖父はなぜ、テニスをやめたのか。
それはまだ分からないけれど、少なくとも、この場所が祖父にとって大事だったことは分かる気がした。
そして、自分もまた、ここに通う理由ができたような気がした。