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「君はビデオマンになれない」

春ですね

春なので新人時代の話をしようと思います。

「君はビデオマンにはなれないよ?」

卒業展覧会で出くわした先生方に言われた言葉だ。
洋画専攻の私だったけれど、自由な校風のおかげで写真も学ばせていただいた。一眼レフなんかの理論は全然わかっていなかったけれど、ソニーの型落ちのサイバーショットで撮るスナップやポートレートは好評で冗談半分にも転科を進められた。
他の授業ではガラケーで撮った写真資料なんかも好評でいろんな先生が冗談めかして「君はケータイ電話専門のフォトグラファーになればいい」なんて言ってくれていた。
けれど私は当時社会への反抗心でいっぱいで、内心の喜びを隠しつつあまり上手とは言えない洋画にしがみついていたし、テレピン油や絵の具の香りの中に居場所を見出していた。

時間軸の有る風景

当時は就職氷河期。なんだかんだで当時のアルバイト先に拾ってもらえた。
ブライダル関連の音響や演出・映像制作の現場だった。私は映像にも興味があった。そのことをお世話になった先生方に話すと口々に「写真や絵画の世界の人間が、映像の世界に行くことは難しい」と言われた。
慌てて理由を聞くと、一人の先生が指で小さな額縁を作ってこう言った。
「私たちの世界はこの額縁の中で完結するだろう?それから先を求めない。
いわば時間軸を持たないわけだ。この額縁の左に人が歩いているとして、右に向けて歩いて行ったら絵はどうなる?意図的に作り上げた構図は崩れてしまうし、その人が右から額縁を抜けていくのをそもそもフレーミングとして君は理解できるのかな?」

本能

中学校から大学卒業(2年くらい留年)まで絵画(特に自画像)を学んできた。先生方のおっしゃることは中途半端ながら理解できた。
瞬間をぬいとどめる者と時間を包む者の意識、もっと言うなら本能には差がある。その本能に抗えるのかを問われたのだと思う。

社長からの誉め言葉

同年4月に入社し、編集を学びながら映像制作についての知識を深めた。
確かにそこには知らない構図??の世界が広がっていた。絵の具がカメラに変わったんだと思う。
私は当時行っていた音楽ユニットの曲に乗せスマホのカメラでビデオを撮り、退勤時間を過ぎると「こんなの撮ってみたんですけど…」的に映像の現場に入りたくて社長にアピールし、遂には2年後エンドロールカメラマンとしてデビューさせていただく運びとなった。修行中、社長から「この画は何で撮ったの?」と不思議がられることが多かった。
「なぜこの人物の入ってる割合が少ないの?」「黒いお召し物なので画面が重たくなるのを防ぎたくて」
「なぜこのポジションで後ろ空きにしたの?」「ドレスのディテールが光と呼応するように撮りたくて」
みたいな感じで、映像を長く撮ってきた社長にとってはとても面白く思えたそうだ。
もちろんこの間にもたくさんご指導をいただいたけれど、『本能』と『現場』が化学反応を起こしたようになっていたのだと思う。
特に誉めていただいたのは、面白いことにあの、学生時代に問われた、左から右へ人物がフレームアウトする(画面から自然と抜けていく)シーンだった。本来『地がビデオマン』だと動く被写体は追いかけることが多いらしく、何も知らない新人は『絵画の本能』で被写体を額縁から逃がしたのだ。

新人は『知らないこと』が武器になる

音響オペレーションもビデオの撮影・編集も、実践はなるべく早く経験すべきだと思っている。新人の内は内情がわからないことも多い。その分『何が怖いのかもわかっていないことが多い』からだ。文字のままの怖いもの知らずだ。
もちろん、基礎や学びをないがしろにしていいことは何一つない。でも自分が『知らない』ということはその業界の一端を覆せる大きな力でもあることは知っておいて損はない。

最後に

ここまで読んでくださった方ありがとうございます。新人になった皆さん、ぜひ怖れ知らずで行きましょう。手練れの皆さんは怖れを忘れて。thanx!

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